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仕事観について15 一貫性のある仕事と人生

仕事観について15 一貫性のある仕事と人生

おはようございます。
 朝のうちに3つくらい仕事を片付ける。10時から印刷工業組合十勝支部理事会。重要な議題があったが、割合すんなり話がまとまった。午後出社。会社でできる仕事は限られている(本当は無限にあるのだが)。短い原稿を苦労して仕上げる。5時過ぎ、ずっと待っていたお客様が来社。すぐさま取材。1時間20分ほどの取材の中で、仕事観について重要と思われる話が何度も登場した。

人間ドラマに参加する

昨日帰宅するとき、僕はすっかり忘れていましたが、ソーゴー印刷は今日からお盆休みに入ります。いつもなら「よい連休を~」と声をかけるところでしたが、自分の仕事のことで頭がいっぱいでした。「お先に失礼します」と、普通に帰ってしまいました。遅くなりましたが、皆さん、よいお盆休みを過ごしてください。
 どうやら、我が社は8月16日が出勤日になっているらしい。ただ、この日に有休を取得して、9連休という人が多いようです。差し迫った仕事のない人は9連休にするほうがよいですね。9日間も休みがあるとふだんできないことができる。僕もここでたまりにたまった仕事を一気に片付けようと考えています。休日にしかできない仕事というものがあるのです。
 僕はどうも休日について無頓着になっているため、我が社の営業日と休日に関して正確なことを知りません。毎年、正月とお盆休みがいつなのか、わからなくなる。パソコンのデスクトップに当社休日カレンダーを貼り付けておくべきですね。
 それはさておき、昨日の取材は実に奥深いものでした。現在69歳、帯広で定年退職まで勤め上げた後、今は単身赴任をしながら北見で教鞭を執っているという女性。この話をどのような記事にまとめるのか。同窓会報の記事なので、深く書くにも文字数に制限がある。ちゃんと書こうと思えば、スロウ5ページ分の記事、たぶん5000字くらいほしくなるでしょう。
 僕が印象に残った話は、大きく2つありました。
 ひとつは仕事のやり甲斐や喜びについての話。仕事は医療関係なので、シリアスな出来事が多いはず。それゆえに、そこには人間ドラマがある。仕事を通じて、そのドラマに参加することができる。ここにやり甲斐があるという話でした。
 僕らの仕事に置き換えて考えてみると、通常、人の生死に直接関わるわけではありません。ですが、取材を通じてその人の人生を知り、記事にまとめ上げるという仕事を行っています。また、自分史の仕事であれば、著者のメッセージがきちんと伝わるよう、編集者が中心となってサポートをする。間接的かもしれませんが、やはり人間ドラマに参加しているといってよいのではないでしょうか?
 世の中にはさまざまな業種や職種があります。そのほとんどは、何らかの形で誰かの人生に関わりを持ったり、影響を及ぼしているはず。ときには、仕事を通じて誰かの人間ドラマに自分が参加するというケースもあることでしょう。それを「やり甲斐」と感じることができるかどうか? 僕らが持つべき大切な仕事観のひとつといえるような気がします。

強烈な体験

もうひとつ印象的だったのは、「80歳まで働く」という話でした。たぶん、悠々自適な生き方をしていても不思議ではない年代。経済面だけでいえば、積極的に働く理由はないはずです。
 僕が驚いたのは、単身赴任しながらハードに働いているという点。帯広に戻るのは月1回程度というのです。「好きな仕事を一生を続けたい」という人は多いでしょうが、単身赴任してまで働き続けているという例を僕はほとんど知りません。
 取材の後半に差し掛かった頃、「30歳のとき、アレルギーを抑える薬の作用で心臓が止まってしまった」という話が出てきました。生死をさまよったという経験。それが仕事観を大きく変えることとなる。そこで思ったのが、「自分は今が0歳。ここからはオマケの人生」だというのです。このため、自分のために働くというよりも、「人のために自分の人生を使う」という考え方に変わっていったのだそうです。
 これは強烈な体験があってから、そのような仕事観になったのかもしれません。人によっては、幼少期の辛い体験や過酷な環境がその人の仕事観に大きな影響を及ぼすこともあるでしょう。それは、その人の人生にとってよかったことなのかどうかは何とも言えません。けれども、そうして身につけた仕事観は自分の人生にある種の一貫性を与えてくれることになるでしょう。
 そこで考えねばならないのは、強烈な体験を持たない、「平凡だが恵まれた生き方」をしてきた人たちの人生観、仕事観です。僕も恵まれて育ってきて、ぼんやりしたまま大人になったという人間。そういうタイプの人は、一生ぼんやり過ごさねばならないのか? 答は「否」ですね。
 どこかで気づいて、自分の人生観、仕事観、人間観を持たなければならない。それを身につけさせてくれるのが、多くの人にとっては「仕事」なのです。ですから、仕事に対して本気で立ち向かわなければ、自分の人生を意味あるものにするような仕事観は身につかない。
 人によっては「強烈な体験を持たない」ことを負い目のように感じている人もいます。僕にもそうした傾向がある。平凡な発想しか湧いてこないのは、平凡な生き方をしてきたからではないのか……。そんなふうに思うこともある。しかし、そうではありませんね。
 僕らは仕事を通じて自分を自由に表現することができるわけですから、強烈な体験は自分でつくり出せばよいのです。自分の意思とは関わりなく降りかかってくる強烈な体験もあれば、自ら望んでつくり出す強烈な体験もあってよい。それは、「迷ったときには一歩踏み出してみる」というちょっとした意思決定から始まるのではないかと思います。

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