
おはようございます。
二日酔いというわけではないが、何となく体が重い。やはり飲みすぎか? 原稿を書くのはあきらめ、午前中は買い物。収納用品等を購入。午後は書斎の片付けを試みる。せめて部屋をすっきりさせたい。そう思ったのだが、思い描いているような整理整頓された部屋にならない。40年くらい前からほとんど進歩がない。大阪まで3Sの勉強に行ったが、まだまだ身についていないようだ。
整理整頓の自分史
整理、整頓、清掃が苦手であるということに気づいたのは、もう45年くらい前のこと。中学生になる頃には十分自覚していました。十分な面積があるはずの机の天板がやけに狭く感じる。さまざまなものが机の上に乗っていて、窮屈な状態で教科書とノートを開いていた。この状態は今も変わることのない風景。ノートがキーボードに変わっただけ。
40数年前の僕は、このままではいけないと思い、さっそく整理法について書かれた本を購入することになりました。たぶん、中学、高校の頃にはこうした本を何冊か読んでいたはず。ついでに頭の中も整理しなければならないと思って、梅棹忠夫の「知的生産の技術」と出合ったのもこの頃です。
ところが、努力むなしく、自分の部屋も僕の頭の中も、まったく整理整頓できぬまま学生時代を終えることとなりました。一人暮らしをしていた大学時代は整理整頓とは真逆の状態。部屋の中で、「足の踏み場」以外、すべて散らかっていたこともありました。ただ、不思議なことに暗室だけは整理整頓されていた。今考えても不思議です。ある意味、真面目な写真学生でした。
頭の中身が机の上や部屋全体に表現されているといいますから、暗室はすっきりしていて、生活の場が混沌としているというのは、僕にとっては通常の状態といえるのかもしれません。
混沌のピークは大学時代。就職のため東京へ引っ越すと、ものが大幅に減りましたから、部屋は大分すっきりしました。正確には、段ボールに入った荷物を何ヵ月も開けることなく、テーブル代わりに使っていた。新入社員時代には考えることが多く、荷物を開ける気にもならなかったのです。次の引っ越し先へそのまま運んだ段ボールもあったはず。この頃は比較的クリーンな生活をしていました。そもそも、自宅は眠るだけの場所でした。
社会人生活2年目から、文章を書くことが仕事の一部になってきました。転職して勤め始めた出版社(実質的には編集プロダクション)では、ワープロの使用が禁止されていて、原稿用紙+手書きという掟がありました。頭の中をいよいよ整理しなければならない。そのためには部屋も整理整頓されている必要がある。そう思って読んだのが、山根一眞の「スーパー書斎の仕事術」。
この本は当時の僕にとって画期的な内容でした。社会人3年目にはM氏と一緒に仕事をするようになり、1989年からは遊文館という会社を設立するのですが、この本で紹介されている「山根式袋ファイル」が役立ったことは言うまでもありません。
ただ、僕とM氏が採用している袋ファイルでは、タイトルを記入する場所が左端ではなく右端。枠線を引くという作業も省略。今のところ、30年以上、このやり方で十分満足しています。
迷っても困っても捨てる
というわけで、書類、資料の管理という点ではうまく機能することになりました。しかし、それ以上にやけにものであふれかえってしまった書斎に我ながら驚くことがあります。社内の会議ではデータ化されているものが多いので書類があふれることはありません。しかし、社外では分厚い書類が配布されることがあり、必要だと思ったものはスキャンスナップでPDF化するわけですが、要るのか要らないのか微妙なものが多い。
整理整頓できている人は、「迷ったら捨てる」と言います。その言葉を信じて、実際に捨ててしまった直後に必要となった……。そんな経験を僕は何度かくり返しているため、今はなかなか捨てられなくなっています。特に困るのが、スキャンスナップでは取り込みにくい大きな書類や特殊な用紙。それに分厚い冊子。PDF化に労力をかけすぎるのは本末転倒。やはり、「迷ったら捨てる」「後で困っても捨てる」という方針で臨むべきなのでしょう。整理整頓は強気の姿勢で取り組まなければなりません。
何年か前、年末の仕事納めが終わった後、本気で書類の処分に取り組んだら、自分の身長よりも高く書類が積み上がり、ちょっとした達成感を味わったことがありました。その後、処分したために仕事で困ったのは、僕の記憶では1件のみ。2メートル近く積み重ねた書類のうち、本当に必要だったのは10数枚の書類だけだった。そう考えると、思い切ってどんどん捨てても問題ないと考えてよさそうです。
僕の最大の弱点は、収納用品を購入すると、収納用品そのものがゴミになってしまうことがあるという点。それでも40年くらいの間、懲りずに何度もくり返している。活用できる確率は10個に1個くらい。それでよしとすべきなのでしょうか。
やはり、ものは増やさないほうがよいのでしょうね。そう気づかせてくれたものが、今、僕の部屋の中にあります。これは購入したものではなく、卵を買ったときについてきた紙製の卵ケース。僕には収納用品のように思えたので、何となくパソコンの上に放置していました。使い道がないまま数ヵ月。ネットで検索するとプランターとか小物の整理に使うといった例が紹介されています。僕もしばらく考えましたが、「卵ケースとして十分役目を果たしたのだ」と思い直しました。どうやら、お別れのときが来たようです。
連休中、書斎にあるさまざまなものとお別れをし、すっきりしようと思います。そして、その合間を縫って、原稿を仕上げなければなりません。
