
おはようございます。
朝、少し仕事をしてから北海道中小企業家同友会事務所へ。「人を生かす経営」推進連携会議。5つの専門委員会の連携をどのように各支部に広めていくか。ここが重要なポイントだ。11時50分、共同会館へ。12時10分、北海道中小企業家同友会第1回常任理事会。前半は報告事項が中心。後半に少し込み入った協議事項が控えていた。30分ほど時間延長。ひと山越えたような感じがする。帰路はほぼノンストップ。6時半帰宅。
不寛容リスク
大きな流れとして感じること。それは世の中が少し不寛容になってきているのではないかということです。これはバブル崩壊の頃から見られた現象のような気がします。格差拡大によってその傾向が強まり、ポピュリズムの台頭によってブレイクした……。僕はそんな捉え方をしています。
世界は(日本も)そんな状態になっていますが、僕らはもっと別な考え方、反応の仕方をすべきではなかろうか? そんなふうに思っています。
昨日、「山口県を訪れている韓国の大学生たちが、日本の大学生と一緒に海岸清掃を行って交流を深めた」というニュースを見ました。両国交流事業の中止が相次ぐ中、意義深いことではないかと思います。冷静になれば、「隣同士、仲よくするほうがよい」という結論にたどりつくはずです。
ここでは日韓関係について書くつもりはありません。不寛容になると自分も相手もダメージを受ける。それだけの話です。
国際関係がぎくしゃくしているためか、その空気というか、波動のようなものがローカルにまで及んできているのではないか? そのあたりを僕は危惧していて、そうしたリスクにいち早く気づいて、寛容の砦(大袈裟ですね)を築かねばならないと僕は思っています。
考え方が正反対のように思えても、気に障る言い方をされても、おおらかに受け止める。だからといって、必要以上に譲歩したり、妥協する必要はないわけで、自分の主張は冷静に論理的に、ときには親しみの気持ちを込めて伝えるだけ。人間だから当然、感情はあるわけですが、寛容な態度をとり続けるほうが人間の器という点で一枚上手なのではないのかな? このあたり、何が正解なのかわかりませんが、ヒートアップする人とクールダウンする人の両方がいるほうが、組織としてバランスがとれているのではないかと思います。
世界中に不寛容な空気が蔓延していて、それが極端な気象現象にも影響を与えているのではないか。地球温暖化のせいだと言えばそれまでですが、このザワザワとした雰囲気が関係しているように僕には思えてしまいます。
今日の世の中は僕らの想像を超えてグローバル化しています。対策を講じないと、不寛容の渦の中に巻き込まれてしまう危険がある。意見の不一致、葛藤、そして部分的対立はあってもよい。けれども、後戻りできなくなるような対立は避けねばならない。僕は常々そう考えています。
地域の中で普通に仕事をしていると、それほど深刻な対立がしょっちゅう起こるわけではありません。ただ、些細な対立であっても頻繁に起こるようであれば、全体として前向きなエネルギーが奪われる。意欲とかエネルギーが高いから対立が起こるのだ。そう考えると、リーダーに求められるのは、後ろ向きとか横向きに逸れてしまいやすいエネルギーを前向き、建設的な方向へ微調整することなのではないか?
ここ数ヵ月、いくつかの場所でそうした微調整の現場を僕は見てきました。リーダーシップ力のある人は違うな……。そう感じてしまいます。
リーダーシップ力
リーダーシップの発揮の仕方にはさまざまなバリエーションがあります。いかにもというタイプの人もいれば、気づかない形でリーダーシップを発揮する人もいます。能力と性格によって異なるわけですが、僕の想像するところ、真のリーダーには2つの能力が求められる。それは大局観と先見力ですね。理念があり、ビジョンを持った上で、大局観、先見力を備えていること。他にも必要な能力はあるでしょうが、この2つが最重要ではないかと思います。自分にはあるのか? そう自問すると、ちょっと怪しいところがあります。
つまり、枝葉にとらわれて右往左往しないということ。枝と幹の区別がつかないと、枝が揺れるだけで大騒ぎすることとなる。僕は葉っぱに虫がついていると大騒ぎする人間なので、リーダーシップ力という点ではかなり疑わしいと思われていることでしょう。
ビジネスにおいて何が枝葉で何が幹なのか? 木の幹に当たるものが経営理念ということになります。しかし、理念は簡潔な言葉で表されているため、地域との関係、同業他社との関係、顧客との関係はどのようなものであるべきなのか、社内でも考え方に違いがあるのではないかと思います。これを整えていくためには、理念の根底にある価値観や歴史観を共有する必要があるでしょう。
ときには、時間を気にせずとことん話し合うような時間が必要なのかもしれません。誰かが正しいというものではなく、みんなそれぞれ正しい部分を持っているからです。
先見力という点では、情報の有無と仮説立案力が鍵を握ることになるはずです。先見力には「明日はこうなる」というものも含まれますが、もっと遠い将来、10年後、20年後このような世の中になる、というイメージを持つことがリーダーには求められます。実際その通りになるかどうかよりも、まずは将来像を思い描くことが大切。それも、悲観的な将来ではなく、明るい将来像を描いて、そこへ向かって仮説、実験、検証を繰り返すということです。
大局観と先見力を持っていれば、不寛容でいられるはずはない。僕にはそう思えます。性格的に熱しやすい人もいますから、外見的には不寛容そうに見える人もいるでしょう。ですが、そうした人にも必ず寛容な部分があり、寛容力を発揮することでよい方向へ人々を導いていくことができる。それがリーダーの役割ではないかと思います。
