高原淳写真的業務日誌 > スロウな旅 > スロウな旅11 「何もない場所」にあるもの

スロウな旅11 「何もない場所」にあるもの

スロウな旅11 「何もない場所」にあるもの

おはようございます。
 泊まったのは、下川町宿泊研修交流「結いの森」。快適な宿だ。朝7時55分出発。旭川へ向かう。僕が先導し、ツアー参加者を乗せたマイクロバスが続く。途中の愛別町で風景撮影。僕には非常に興味深い場所だが、ほとんどの人は通り過ぎるようなところ。「何もない」と感じるに違いない。ここで20分ほど撮影。幸い、皆さん熱心に写真を撮ったり、散策を楽しんでいた。僕も、この場所で「記憶の中の風景」に載せる写真を撮っていた。ここならいつまででも写真が撮れそうだ。だが、次の予定が迫っている。この先はバスが先導。運転手さんがいい道を知っているとのことだった。
 太田写真場さんに到着したのは10時15分。参加者はみんなフィルム時代を知っている世代。だが、大型カメラを間近で見たことのある人はいなかった。写真館で冠布をかぶっている姿は記憶に残っているようだ。ピントグラスに映る上下左右が逆の像を見て、驚いたり納得したりしていた。さらに、引伸し機2台が並ぶ暗室へ。一般的なイメージでは、赤いセーフライトの下、現像液に浸された印画紙から像が浮かび上がってくる……というシーン。だが、その前工程である引伸し機にネガをセットし、印画紙に露光するところはあまり知られてはない。
 僕の担当時間はここまで。次はミチヒトさんで「帆布のワークショップ」。それぞれ帆布のポーチづくりを体験。僕は初めて訪れたが、ここには興味深い商品がたくさんある。アウトドア用品が気になった。ツアーの最後はハルニレカフェさんでの昼食。スロウで取材した生産者さんの食材を使った料理が振る舞われた。午後1時半、ツアー終了。迎えのバスがやってきた。ここでお別れ。スロウ村か次のツアーできっと再会できるに違いない。5時半帰宅。

余計なものを捨てられるか?

僕はときどき、「何もない場所」を求めています。もちろん、何もないはずはない。原っぱがあったり、森があったり、雪原が広がっていたりするわけですが、観光客を引きつけるような何かが見当たらない。そんな普通の場所のことです。もうひとつ「何もない場所」には条件があります。余計なものがない。これが非常に重要で、余計なものがない場所を見つけるにはけっこう苦労するものです。
 といっても、「余計なもの」には本当に余計なものもあれば、必要があって存在するものもあります。写真家にとって電柱、電線は風景撮影の際、写ってほしくもの。しかし、必要には違いない。だから、それも含めて風景として撮ることもあります。しかし、多くの場合は人工物が写り込まないよう、アングルを変えることになる。
 こうした撮影上の制約から自由になるためには、余計なものが何もない空間が必要。その結果、ほとんどの人が興味を持たないような場所が僕にとって好ましい撮影場所となるわけです。雨が降り出す直前でしたが、昨日はけっこういい写真が撮れたような気がします。
 撮影シーンに限らず、自分の仕事や生活の中から「余計なもの」を排除したいと思うことはないでしょうか? いっぱいありすぎて、身動きがとれなくなっているという人もいるような気がします。僕の中にも実はたくさんある。「何もない」という人生にはしたくない。そうした恐れからか、余計なことを抱え込むこともあるのではないかと思います。ただ、余計なのか必要なのかの区別は難しく、「いずれ必要になるかも」という保留状態のまま抱え込んでいるものがたくさんある。これは僕の場合ですが……。
 思い切って余計なものを捨てる。そういう決断は普通に社会人生活を営んでいる人には困難なもの。けれども、一時的に、たとえば数日間だけなら「何もない」という状態をつくることができるのではないか? それがもしかすると「旅」の目的なのかもしれません。

自然に生まれたもの、元からあったもの

今回の「雑誌編集者と訪ねる本の世界 スロウな旅」では、観光地を訪ねることは一切なく、ひたすらスロウ60号の世界を追体験するようなメニューが組まれていました。
 僕らは雑誌をつくっている当事者なので、自分たちの訪ねたい場所へ行き、会いたいと思う人に会って話を聴いたり写真を撮ったりしています。できるだけ、自分の頭の中に余計なものが入り込まないよう、自分の五感を頼りに記事を作成する。人によってやり方に違いはあるものの、現地で自分が感じたことを大切にするというのがスロウの基本スタイルです。
 そこに共感していただいている読者の方々は、たぶん同じような目線で取材先の方々と接することになるのではないかと思います。ものの見方は人それぞれですが、大きなくくりとしては共通の価値観を持っているに違いありません。
 人為的につくられたものよりも、自然に生まれたものや元からあったものを大切にするというところ。作為的になりすぎず、できるだけありのままの姿であろうとする姿勢。自分の裡から湧いてくる欲求に素直に従ったら、このような仕事の仕方、生き方になった……。そんな姿に僕らは惹かれますし、読者の方々も共感しているのではないかと思います。
 そう考えると、冒頭の「何もない」というのは、作為が何もないのであって、魅力的なものはそこここに散りばめられているといってよいのではなかろうか? 僕の好きな撮影場所はそんなところ。今回舞台となった道北の町には、魅力的な場所や人が大勢いて、スロウでは頻繁に取材に訪れているエリアです。
 人々の自然な営みの中から生み出された作品や生産物の持つ魅力。僕らはこれを雑誌媒体で伝えているわけですが、もうひとつの方法として「旅」でも伝えることができれば……と考えています。
 僕の場合、何かを「探す」というよりも、自分が「何を求めているのか」を明らかしたいという思いが強い。何もないように見える場所へ行くと、「何か」がわかることがあります。それと同じような心持ちでスロウを読んでくださっている読者も、多いのではないかと想像しています。

ソーゴー印刷株式会社

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌