
おはようございます。
朝8時半出社。コーヒーを淹れているときにお客様が来社。用件はわかっていたが、本当にその話であることに少し驚いた。その後、10時まで会社で仕事。10時半、歯医者さんへ。口を開けたまま、少しだけ眠った。昼は印刷工業組合十勝支部理事会。午後は国際免許証の受け取りなど、いくつかの用事を済ませる。ホーマックでI氏とバッタリ出会う。数年ぶりか? 定年後も活躍しておられる様子だった。数分後、スロウ村の準備のため買い物に来たI氏にも遭遇。めずらしいことがあるものだ。帰宅後、さらに2つほど用事を済ませた後、仕事に集中する。どうしても片付けねばならないものがあった。
人生最大の苦手意識
自分がもっとも苦手だと思っていること。これをどう扱ったらよいのか? その扱い方によって人生が大きく違ってくるのではないか、と思うことがあります。
当然ながら僕にもいくつか苦手だと思うものがあり、苦手なことを列記していくと他人よりも多いかもしれません。
同じ苦手であっても、「ちょっと苦手」というものから「絶対避けたいと思うほど苦手」なものまで、幅広く存在します。そしてまた、「苦手で嫌いなもの」と「苦手だが嫌いではない」というものの2種類ある。ひと口に「苦手」といっても、バリエーション豊富なのです。
僕の中には、「できれば避けて通りたい」と思うが、心の中の半分では「やってみたい」という気持ちもある……という苦手分野があります。おそらく、そういう類いの苦手分野は誰もが持っているのではないでしょうか?
僕はそのことを、たぶん中学校3年生の頃に意識することとなりました。当時は新聞づくりに熱中。学校新聞をつくっていました。新聞づくりは通常、何人かで役割分担するものです。新聞部(報道部だったかな?)があって、そこに数名メンバーがいたと思うのですが、僕はひとりで勝手に新聞づくりに没頭していたのです。僕ほど新聞づくりにのめり込んでいる生徒はいませんでしたから、たぶん僕は自分ひとりで新聞を発行していたのでしょう。グループワークは僕にはまったく向いていない。当時、僕はそのことを明確に認識していました。
そのことがわかって、ひとりで仕事を完結できる「写真」こそ、自分にピッタリの自己表現手段だと考えるようになっていきました。そして、高校2年か3年の時に写真部部長となった。僕はグループワーク不適合者ですから、部を束ねるということはしませんでした。今考えると、当時の部員には申し訳ないことをしてしまいました。
グループワークが苦手で、リーダーシップ力は皆無に近い。この傾向はたぶん20代の終わりまで続きます。30代に入るとファッション誌でモデル撮影を行う機会が増えました。撮影現場では嫌でも主導権を握らねばなりません。苦手意識を持ちながらも、モデル、ヘアメイク、スタイリスト、クライアントらとコミュニケーションをとりながら、仕事を進めるようになっていきました。ただ、現場のリーダーにはなっても、組織のリーダーにはなり得ない。30代に入っても、その気持ちが強く、東京時代の会社で代表取締役という肩書きになってからも、リーダーとしての意識は非常に希薄なものでした。
「得意」の一歩手前
ところが、不思議なことにリーダーとしての自覚がないのに、気づくとそういう立場に近づいてしまう自分がいるのです。2000年にはソーゴー印刷の跡を継ぐことになりました。
「大変な選択をしてしまった」と思いましたが、同時に「間違った選択はしていない」とも考えていました。全力で避けようとすれば避けられたのかもしれませんが、「僕が継ぐのが自然なのだ」と思えたため、そのように選択したわけです。実力はまったく備わっていませんでした。しかし、これは天から与えられたテーマなのだと思うようにしています。新聞部、写真部、遊文館(東京時代の会社)。そこでリーダーとして振る舞うことを求められながら、そのようにはできなかった。何度もチャンスを与えられたのは、ここソーゴー印刷で成果を生み出すためではなかろうか? そのように解釈しています。
努力の甲斐(?)あってか、ごく一部の狭いジャンルでは力を発揮できるようになってきたような気がします。社内では、まだまだ発揮しているとはいえません。我が社の中で僕に求められるのは、リーダーシップよりも環境整備活動のほうでしょう(これもリーダーシップの一種ですが)。いずれにしても今後10年以内に成果を創り出さねばなりません。
それとは別に、社外でリーダーシップを求められるような場面が増えてきてしまいました。昨日も、苦手意識を十分すぎるほどに感じていながら、引き受けることに決めました。こういう意思決定をしたのは20年ぶりかな? 苦手であり、大変なことはわかりきっているのに、そこへ向かっていく。そう決めてしまう理由は、ほんのわずかではあっても「わくわく」したものを感じるためでしょう。それはこれから生み出そうとする成果に対してわくわくするのだろうか? それとも、自分が変わっていくことに対してなのか? 両方あるような気がします。
「苦手なもの」との付き合い方。僕はこのことについて繰り返し考え続けてきました。結論は「苦手は得意の一歩手前の状態」というものです。僕にも「苦手」から「得意」に転換されたものがあります。苦手意識を持ちながらも、自分にとって意味が感じられ、ほんのわずかであってもワクワクする気持ちが含まれているもの。そんな「苦手」があったら、全力でチャレンジする価値があるのではないかと思います。
