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仕事観について34 謎の解明

仕事観について34 謎の解明

おはようございます。
 午前8時35分、幹部に向けて報告をする。何が変わるというわけではないが、来春から何かが変わるに違いない。10時、歯医者さんへ。いつも決まって眠くなる。いつも通り、口を開けたまままどろんで、治療が終わると全身スッキリ。午後は帯広市内で取材。今回がいよいよ最終回か? 最大の謎がいよいよ明かされることに。僕は静かにエキサイトしていた。編集者のS氏も同様。1時間ほど話を伺ったあと、いよいよ謎のある場所へ。そこは誰もがよく知っているところ。何度となく通り、必ず目に入る場所。そこに謎の空間があったとは! 脚立に登り、その空間をカメラに収める。こんなチャンスは一生に一度しかない(たぶん)。撮影後、さらに1時間ほど取材と打ち合わせが続く。まだまだ未解明なところが多い。だが、ここまで明らかになるとは思っていなかった。
 4時半帰宅。書類を持って、4時50分帰社。5時から面接。今回は予備的なもの。15分くらい話してから、社内を案内してもらう。僕は早めに帰宅。写真セレクト作業があった。データを送って業務完了。

まさかの謎が明らかに

僕にとって、初めて外食を体験したのがこの店だったと記憶しています。正確にはわかりませんが、僕はその頃のことを鮮明に覚えています。座った場所や飲み物の種類も思い出せます。50年以上前から家族で何度もやってきました。その頃は、こんな謎が隠されていたとはまったく知りませんでした。本当にすごいな。父は知っていたのだろうか? 気になりますが、今となっては知るよしもありません。
 この建物が建てられた当時からその空間は存在していて、そこは大切な場所として活用されていた。大勢の人がその入口の前を通っていたにもかかわらず、秘密の入口のことを知っていたのは、ほんの一握りの人たちだったに違いありません。僕らは取材を通じて、初めてその存在を知り、しかもカメラに収めることができた。特に問題がなければ、それが冊子の中に掲載されることとなる。当事者にとっては謎でも何でもありませんが、僕にとってはすごい謎の解明に立ち会ったという感覚。子供時代の自分に見せてやりたい……。もし、それを見ていたらもう少し違った人生になっていたかもしれません。
 ちょっとした謎は身のまわりにたくさん存在しています。だが、これほどのものを取材先で見せてもらうことは滅多にない。このところ、僕の目の前には「滅多にない」ことが次々と現れる。「一生に一度」級の出来事が立て続けに起こっています。これは何を意味しているのでしょう。気になりますし、ずっとこのことについて考えています。
 インタビューの中でも謎の解明が進みました。後継者である現社長も初めて知ったという新事実。やはり、社史や記念誌を本気でつくると貴重な発見があるものです。
 今回のプロジェクトは2年半前(もしかしたら3年前)から始まったもの。経営指針の話から社史の話に発展し、創業からの節目を迎える今年に向けて取材が進んでいきました。順調にいけば年内に完成予定。どのようにまとまるのか、とても楽しみです。

挑戦状と招待状

僕も我が社に関する謎を解明したい……。ずっとそんな気持ちでいたのですが、タイミングを逸してしまいました。知るチャンスは何度もあった。しかし、何となく聞きにくいような雰囲気が漂っていて、聞くべきことを聞かずに放っておいた。その結果、先代は他界し、聞きたくても聞けなくなってしまいました。人生の中で後悔することがあるとすれば、これが筆頭かもしれません。
 そんなわけで、僕の場合は残された資料の中から謎を解明していくこととなる。僕にはこのほうが向いているのかもしれません。読んで考えてイメージするだけでも、ある程度わかってくる。幸いなことに、僕も1年にひとつずつ年をとる。そうすると、わからなかったことが自然にわかるような気持ちになる。年をとるとはこういうことか。このように少しずつ謎の解明が進んでいくのであれば、体力が衰えたり物忘れが激しくなったとしても、どうということはないような気がします。
 解明が進んでいっても、謎がなくなることはありません。むしろ、新たな謎が浮かんできて、謎は増えていく。より深い謎に挑まなければなりません。
 「わかった」と思っても、本当にわかるものではない。事実としてはわかっても、その意味までわかるのは容易なことではありません。先代とは生きてきた時代が違うからであり、生まれてから積み重ねてきた経験が違うからに他なりません。時代背景と経験が違えば、哲学や考え方が当然違ってくる。事実は理解できても、理由は理解できないということになるでしょう。
 その結果、事実を解明すればするほど謎が深まる。後継者に与えられた謎は、「先代からの挑戦状」なのではないか? 僕はもう20年くらい前からそう考えています。実際、我が社の先代(父)からも「お前に何がわかる」といった言葉を突きつけられたことがあります。それは僕を見下して言った言葉ではなく、「謎を解いてみろ」という意味だったと僕は理解しています。
 僕もこの歳になって、20年前にはまったく理解できなかったことが、少しだけわかるようになってきました。ずいぶん時間がかかるものです。
 人生には20年、30年かけてわかることも大切ですが、限られた仕事人生を有意義に過ごすためには、この「わかるまでの期間」を短縮する必要があるのではないかと思います。引退間際になってわかっても、ちょっと遅すぎるのです。このため、僕は可能な限り「記録」していこうと考えています。僕の場合、挑戦状をたたきつける相手はいませんので、代わりに「招待状」を送り続けているのです。我が社にも「謎の扉」が確かに存在しています。

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