
皆さん、おはようございます。
「写真を見る愉しみ」は今日と明日の2日間お休み。17日土曜日から再開させていただきます。
新入社員研修も佳境に差し掛かってきました。昨日の2講座のうちのひとつは、「文章作成技術」がテーマ。思ったよりも盛り上がりましたね。札幌から来られた就業体験の学生も飛び入り参加。僕がこれまで32年間悪戦苦闘しながら身につけてきた文章作成技術を、こんな形で惜しみなく披露してよいのだろうか……。まあ、それほど大袈裟なものではありませんが、昨日伝えたことはすべて真実かつ本心。この方法を踏襲することで「書けない人」でも書けるようになると僕は信じています。
日本人のほとんどは日本語で会話しています。「話すのが苦手」という人もいますが、だからといって「人と話さない」という人はまずいません。日本語で会話ができるのですから、書くこともできるはず。基本的な日本語能力は必要不可欠とはいえ、書きたいという欲求と継続的な努力があれば、必ず書ける。出版や広告に興味を持って入社した人であれば、ほぼ間違いなく書けるようになりますね。
ただひとつ、問題となることがあります。それは、文章を見分ける目を持っているかどうかという点。意味が伝わる文章かどうか、見分けることができないという人がたまにいるのです。性格的に「自分に甘い」人も要注意です。伝わる文章レベルに達する前に入稿すると、困ったことになってしまいます。文章作成技術以前に、「見る目」のほうが重要と考えるべきでしょう。
事実と真実
講義後のディスカッションでは、論文の文章がひとつの話題になりました。
文章は「事実に基づいて書く」ことが前提条件。ですから、事実を無視して書くことはできませんし、事実をゆがめたり曲解するようなことがあってはなりません。
しかし、事実だけ延々述べられている文章には魅力を感じないし、読む気力が次第に失せていくことになりやすい。研究論文は「文章の魅力」という点では、大半のものがイマイチなのです。これは文章力よりも「事実であることを証明する」ことに力点を置いている文章ですから、当然のことといえます。
白か黒かハッキリさせることが重要な研究論文に比べ、僕らがふだん書いている雑誌・書籍の文章は、「事実の周辺にあるもの」が重要となってきます。一番伝えたいのは、事実の背景にある思想や哲学、その人の生き方といったあたりではないでしょうか? したがって、事実を述べることにこだわりすぎると、雑誌の文章はつまらなくなっていく。WhatよりもWhyのほうを読者は求めているのではないかと思います。
事実に基づきながら、事実以外のものを伝えようとする。編集者に求められる能力はそのあたりにあるといえるでしょう。昨日は違った言い回しで伝えていきましたが、僕は編集者は「事実より真実を伝えるべき」だと考えています。
もう7、8年前の話。ある編集者に「真実は人の数だけ存在する」といった話をしたら、「えっ、真実はひとつでしょう?」と言い返されてしまいました。真実はひとつ。そう思い込んでしまうと、思わぬ対立を招いたり、人や出来事を誤解してしまうことがあるのではないかと思います。
起こった出来事はひとつ。けれども、出来事の当事者やその近くにいる人が、それをどのように解釈するか? 当然、ひとつではないわけです。一人ひとり解釈が異なっている。その人にとっての偽りのない真実がある。
スロウのような雑誌では、事実を伝えながらも、その人にとっての真実を伝えることがひとつの重要な使命ではないかと僕は考えています。
取材を通じて知った真実に共感しながら文章を書くことが、編集者の基本姿勢といえます。さまざまな角度から取材していくと、異なる真実に出合うこともある。それらをどのように解釈するのか? このあたりに編集者としての力量が現れてくるに違いありません。
文章を書く仕事を始めたばかりの頃は、「ちゃんと文章が書けるかどうか」が自分にとって最大の関心事でした。技術にばかり気をとられていたのです。確かに、基本となる技術を身につけないことには始まりません。けれども、文章は技術で書くものではないということが少しずつわかってきました。このあたりは写真と同じですね。
技術力に依存した文章を書き続けると、だんだん自分の書いている文章が嫌になってくるのではないかと思います。僕も東京時代にそうした文章をずいぶんたくさん書いてきました。
今はスロウでも、ブログでも、社内報でも、自分にとっての真実を自分の書きたいように書いています。非常に恵まれたポジションにあるのかもしれません。
今はパーソナルメディアの時代ですから、どんな立場の人であっても「自分にとっての真実」を発信する手段を持っています。それゆえに、自分の信じている真実が本当に真実なのか(本心と言えるものなのか?)について、深く考える必要があるのではなかろうか……。特にブログやSNSでは、考えなしに吐き出される言葉がときどき目につきます。情報発信の当事者となるには、十分慎重であるべきでしょう。
僕らは紙媒体である雑誌を中心に活動しています。一度印刷、発行されたら、自分の書いた記事を消すことはできません。「事実を見る目」をレベルアップさせていきましょう。そのためには、「異なる考えに耳を傾けること」と「自分の考えを変える勇気を持つこと」も大切ですね。
