
おはようございます。
4時間くらいかかって社内報原稿をまとめる。やや難しいと思えるような概念をどれだけわかりやすく伝え、しかも自分ごととして考えられるようにするか? 社内に向けての文章は自分へのメッセージでもある。ずいぶん頭を使った。他の時間は休日として過ごす。いろいろ考えることがあるが、半日くらい脳を休ませることができた。
伝わりやすさか、正確さか
まだ僕の文章力は十分回復しているとは言えません。文章力は近距離の視力と関係があるようです。原稿を書くスピードは好調時の70%といったところでしょうか。入力ミスも多い。ただ、日々着実に近距離も見えやすくなってきています。来月には仕事がスピードアップするに違いありません。
ノートパソコンの画面を、顔から30~40センチの距離に置くと見えやすいということがわかってきました。ちょっと画面が近すぎるような気もします。10センチずれると見え方がずいぶん違う。当面の間、原稿はこの距離で書こうと思います。
「仕事=コミュニケーション」という話をたまにすることがあります。僕の場合、写真と文章が仕事の中心。写真や文章を通じてコミュニケーションを図ろうとしています。どんな仕事にもメッセージが込められている。
社内報の場合は社員の人たちに向けてのメッセージです。コミュニケーションは双方向のやりとりですから、読んでもらえないことにはコミュニケーションは成立しない。したがって、伝わりやすい原稿を書くということが社内報原稿の原則と言えます。
これが研究論文のようなものになると、事情が大きく異なってきます。伝わりやすさよりも、正確さが優先される。わかりやすさを優先させると、文章表現は不正確になりやすいんですね。論文とか契約書とか法律といったものは、解釈にブレ幅があってはいけませんから、わかりやすさ、伝わりやすさではなく、ひたすら正確に書く。このため、ものすごく読みにくい日本語になることが多い。
我が社の就業規則も、数年前までものすごく伝わりにくいものでした。M氏がわかりやすく書き替え、ある程度の正確性とわかりやすさの両立を図りました。社内規定の場合はこのほうがよいでしょう。読んでも意味がわからないのでは、役に立つ就業規則とは言えません。そして、就業規則や社内規定の場合は、やさしく書いても正確性が損なわれることはないでしょう。それほど複雑なメッセージではないからです。
僕らの日常業務には文章力を求められるものが多い。これは印刷、出版、広告という仕事をしているから当然のことと言えます。しかし、ここ20数年、インターネットの普及とともに感じることは、あらゆる業種、あらゆる職種の人にある程度の文章力が求められるようになってきているのではないか……ということ。
かつては電話で済ませていた用件が、メールやチャット等に置き換わっている。そこに書き込まれている、わずか数10字の言葉が誤解を生んだり、共感を呼んだりするわけです。会話なら誤解を修復できても、メールで生じた誤解を解くのは容易なことではありません。言葉や文章に対する基本的な知識・技術が今ほど求められる時代はないのではないかと思います。
ややわかりにくい概念とか、込み入った状況や複雑な関係といったものをわかりやすく文章で表現する。そうした能力を持つ人が我が社には求められます。
僕もある程度はそのように文章表現できるのですが、まだ十分とは言えそうにありません。もっとやさしくできるのではないか? 書き終わった後に、いつもそう感じてしまいます。
拙著「写真家的文章作成技法」の中で、「易しさは優しさ」と書きました。気持ちの優しい人は、たぶん易しい文章表現を試みるのではないか? 読み手が誰なのかにもよりますが、一般の人や社員の人たちを対象とするのであれば、わかりやすくするために労力を使うことになるはずです。そのような努力は尊いものと思っています。
