
こんにちは。
昨日も早朝撮影。朝5時40分出発。芽室方面の撮影。日高山脈が美しい。今回の新型コロナウイルスの見通しがつくまで、我が社では在宅勤務可能な人は自宅で仕事をすることとした。僕はもともと在宅勤務に近い働き方をしているため、見た目はほとんど変化がない。ただ、僕のまわりでは重要な変化が先週あたりから起こっている。予定されていた会合が軒並み延期・中止になっているのだ。自らの判断で取りやめた出張もある。この結果、自由に使うことのできる時間が激増した。3日連続早朝撮影できたのもこのため。早朝撮影から戻った後は自宅で仕事をする。ただ、自宅屋根の工事により1時間半くらい停電となった。電気がないと仕事にならないことがよくわかった。
働き方のリフレーミング
新型コロナウイルスの問題は非常に深刻。健康面と経済面、どのようなことになっていくのか心配されます。北海道では異例の緊急事態宣言。この土日の外出自粛要請がなされました。昨日の夕方、スーパーへ買い物に行ったら、やや品薄感がありました。入荷量が少ないのか、土日に備えてみんな買いだめしているのか。行動としてはみんな落ち着いていますが、いざというときに備えているようです。
今週は我が社の新型コロナウイルス対策をさらに一段進めることとなりました。在宅勤務とWEB会議。さらには出張の取りやめも。これで仕事が支障なく回っていくのか? 生産性にどのような影響があるのか? ある種の実験ともいえますが、これがうまくいったら働き方改革が大きく進むに違いありません。
2月28日の日本経済新聞に「主要企業の46%が在宅勤務を実施」と掲載されていました。我が社も、危機管理責任者の権限で「在宅勤務できる人は自宅で仕事をする」という方針を打ち出しました。会社の2階事務所は人がずいぶん減っているはず。
これは考え方によっては、「働き方のリフレーミング」と言えそうです。大部分の人は朝8時半に出社し、午後5時半に退社するのが当たり前だと思っています。会社に来なければ働いた気がしない。そんなフレーム(枠組み)を持っている。そのフレーミングが正しく機能していたのは、1990年代までではなかったのか? 僕はそんなふうに考えています。
特に、大都市にある企業に勤めている人の場合、往復2時間も3時間も通勤時間に費やされるような働き方が生産的といえるのか? 僕も1年間だけ片道45分かけて電車通勤していたことがあります。満員電車に乗っている間、「無」になろうと無駄な努力をしていました。
それはともかく、多くの人が「通勤しなくても働ける」ことを発見したならば、働き方、さらには組織のあり方が大きく変わっていくはずです。ライフワークバランス(またはワークライフバランス)も取りやすくなっていくに違いありません。「仕事=会社へ行くこと」ではなく、「仕事=価値を生み出すこと」というふうになれば、必然的に生産性が高まっていくことになるでしょう。
しばらくの間、混乱が続くと思いますが、これを一種のチャンスと捉え直すことが重要ですね。とても「チャンス」と言えるような状況ではなく、深刻さは日々深まっているのですが、この逆境にも何か意味があるはずです。本当に意味があるのかどうかが問題ではなく、何もなくても自分にとっての意味を見いだし、自分及び自社の働き方や組織のあり方をリフレーミングすることが求められます。
僕も3日連続風景撮影をすることで、やはり自分は写真家なのだということを再認識したところです。事態が収束へ向かっていき、安心して仕事ができるような日が戻ってくることを祈るのみです。
