
こんにちは。ブログを書くには、すっかり遅い時間となってしまいました。
昨日の記録。朝はインデザインを使った作業。10時半、ミーティングの準備。11時から6人でミーティング。使い慣れた感のあるスカイプ。今後の展開について意見を述べ合う。午後は再びインデザイン。まだ近距離の視力が本調子とはいえず、思ったよりも時間がかかる。4時過ぎ、ひと通り完成した。A5・80ページの小冊子。前年度流用のページがあるから、実質的には60ページくらいか。PDFに変換して校正を送る。事務的作業を行ってこの日の仕事を終える。夕方買い物へ。
情報の捉え方の違い
アメリカ大統領選挙のほうは、民主党の候補者が絞られてきました。民主党がサンダース氏、バイデン氏のどちらに決まっても70代。本選挙も70代同士の戦いとなる。トランプ氏就任時も最高齢大統領でしたから、誰が大統領になっても、記録が更新されることとなります。
有能な人材が世界一多いと思われるアメリカなのに、ちょうどいい年代と思われる候補者がいない。僕には不思議に感じられます。
ここまで書いて、考えが変わりました。今の時代は、そのように年齢で決めつけるべきではないのかもしれません。10代の環境活動家もいれば、90代で首相に返り咲く人もいる(マハティール氏は「前首相」となりましたが)。
世の中の変化が驚くほど速い。こんなときは百戦錬磨の人間が強いのか、それとも固定観念に固まっていない若い人が強いのか? どちらとも言えそうにありません。強いて言えば、「過去の成功体験・失敗体験を引きずっていないベテラン」、あるいは「自分の考えに自信を持ちながらも異なる考えに耳を傾けるだけの謙虚さを持つ若手」が結果を残すのではないかと思います。
高度成長期はKKD(勘・経験・度胸)の時代といわれ、中でも度胸が重要だったのではないかと思います。バブル崩壊後は科学的経営という言葉が使われるようになり、3S(シンプル・スピード・サイエンス)が企業経営に求められるようになっていきました。
今はもうちょっと違ってきているような気がします。科学性に加えて、道徳性や芸術性のようなものの重要度が高まってきています。10年くらい前までであればコア・コンピタンス経営に集中すればよかったわけですが、今は自社の経営と同時に世界全体のことを考える必要がある。SDGs抜きでは企業経営は考えられなくなってきています。
そう考えると、僕よりもはるかに長い人生を過ごすであろう若手の人々がSDGsに対して敏感なのは容易に想像のつくところ。しかし、別な見方もあります。人生が終盤に差し掛かっている人だからこそ、自分の損得ではなく世の中のために人生の持ち時間を捧げたい、という人も少なからずいるのです。
したがって、実年齢だけで偏見を持つのではなく、その人の価値観、志を見るべきですね。そして、能力といっても人にはさまざまな能力があるものです。能力がなさそうに見えても、周囲にできる人が大勢集まっているという人もいます。能力のある人を引きつけるのもある種の能力といえるでしょう。
社会人になりたての頃、僕は50代、60代の人たちに対して、「経験豊富なすごい能力を持った人が多い」と感じていました。その評価が危うくなったのは、パソコンの時代になってからのこと。手書きの文書を部下にパソコンで清書してもらう……。今では見かけない光景ですが、そのようなシーンに出合うと、評価が180度変わるようなことが起こります。
もしかすると、歴史は繰り返されているのかもしれません。その意味でも、最先端の知識・技術がどんなものなのか、おおよそではあっても知っておく必要があります。
ただ、今振り返ると、20代後半の僕はあまりにも、ものの見方が平面的すぎましたね。表面だけしか見えてなかったのかもしれません。情報のインプットの仕方、アウトプットの仕方は、世代によって大きく異なるもの。100%アナログな世代の人は、僕とは異なる情報をつかんでいた。また、今のデジタルネイティブたちも、新聞、テレビを見ていないからといってあなどれないところがあります。
理解しにくい世代をリフレーミングする努力。変化の激しい時代にはそれが欠かせませんね。それにしても、新聞はちゃんと読むべきだと僕は思いますが……。
