高原淳写真的業務日誌 > 活動記録 > 活動記録11 20年前の活動記録

活動記録11 20年前の活動記録

活動記録11 20年前の活動記録

おはようございます。
 午前中は原稿執筆。半分くらい書き進めたところで昼食休憩。午後はウッドデッキの清掃。ここまでは順調だったが、ひと休みした頃から歯の痛みが激しくなってきた。月曜朝に歯医者さんの予約をしておいてよかった。そう考えるしかない。ただひたすら休む。

Play Made Factory Tシャツハンドブック 2000

一昨日、実家にあった荷物を片付けたとき、おもしろいものを見つけました。自分でつくったものなのに、なぜか手元に一冊もないという幻の本。10数年ぶりに再会しました。
 「Play Made Factory Tシャツハンドブック 2000」。奥付を見ると、発行は平成12年(2000年)7月1日とあります。僕がソーゴー印刷に入社して1ヵ月半たったころ。つまり、入社後、最初に行った仕事と言ってよさそうです。
 本の中身を見ると、当時の記憶がよみがえってきました。思い浮かぶのはなぜか深夜の情景。僕が原稿を書いて、デザイナーのN氏がMacに向かって黙々とデザインする。そんなシーン。
 A5判・本文80ページ。そして、1冊丸ごと自社Tシャツが並んでいるという本。ここでいう「自社」とは、当時東京で営んでいた(株)遊文館という会社のこと。西荻窪、代官山、北九州に店舗を持ち、さらにTシャツ等の通販も行っていました。発行したTシャツハンドブックは通販の受注に結びつけるための本。発行部数は忘れましたが、知り合いの出版社を通じ、全国の書店に並んでいました(一応)。僕の活動が遊文館からソーゴー印刷へ移行する過渡期に出した本でした。
 改めて読み返してみると、これが実におもしろい。あくまでも「僕にとって」という注釈付きですが。どこがおもしろいのかというと、Play Made Factory(PMF)というブランドを紹介している記事の部分。高山哲なる人物が僕をインタビューするという形態の記事なのですが、実は「高山哲」は僕のペンネームだったのです。
 自分で自分を取材する。架空の取材ということになります。けれども、僕としては実際に頭の中で取材が行われていて、僕はもうひとりの自分が発した質問に対し、素直に答えていました。それがそのまま文章になっているから、僕にとってはおもしろいのですね。読むと、そのまま遊文館の歴史の一部がわかる。
 この手法は通販のマンガ広告の原作を書いているうちに身についたのではないかと思います。マンガの原作は楽しい仕事でした。自分の頭の中に架空の人物をつくって、自由に遊ばせているうちにストーリーが勝手に生まれてきます。マンガ広告なので結論ありきではありますが、ストーリーの途中で僕自身は介入しないようにしています。僕の頭の中で好きに語らせる。そうすると、自分の中の別人格のようなものが現れて、好き勝手にしゃべってくれるのです。
 考えて見ると、20年近く忘れていた手法。どこかでまた使ってみようかな……と思っているところです。
 ところで、この高山哲というペンネームですが、これを最初に使ったのはたぶん遊文館設立の頃。当時、通信教育の広告を制作していて、自分の描き文字をときどき使っていたのです。スタッフクレジットをどのように載せるようか……と迷っていたら、出版社のS社のS氏が「じゃあ、高山哲で」ということになった。なぜこの名前なのかはいまだに不明。ですが、それ以来、ときどき高山哲という名前を拝借することにしました。また、どこかで使ってみようかな……。

〒080-0046 北海道帯広市西16条北1丁目25
TEL.0155-34-1281 FAX.0155-34-1287

高原淳写真的業務日誌