
おはようございます。
午前中は商品撮影と料理撮影。そのまま昼食に。午後1時半出社。東京から移住希望というお客様。新型コロナウイルス騒動のさなかに来られるとは。移住に対して、かなり本気度が高いに違いない。3時半帰宅。買い物へ。夜、なぜかものすごく眠くなった。9時間半も眠った。
北海度のよさはどこにあるか?
移住希望のKさんとあれこれ話ながら、北海道のよさはどこにあるのか考えていました。もうずっと考え続けていること。候補はいくつもあって、それらが複雑に絡み合って奥深い魅力となっている。けれども、一番の決め手は何なのだろう?
これまでいろいろな人に尋ねた中で一番多かった答は「風景」だったような気がします。昨日は「人」という回答でした。旅行者であれば「食べ物」と答える人も多いかもしれません。「人」という答が真っ先に挙がるのであれば、移住生活もスムースにスタートできそうな気がします。
ただ、本当のよさはどこにあるのだろうか。僕の考えている「よさ」とは目に見える「強み」や「魅力」とはちょっと異なっています。「何となく暮らしやすい」とか、「こんな働き方も悪くないな」と思わせるようなもの。
僕の中でまだ結論は出ていませんが、昨日思ったのは「人口密度がちょうどよいのではないか」ということでした。
札幌はさすがに人口密度が高く、たまに訪れると大都市ならではのちょっとしたストレスを感じます。しかし、道内の他の都市ではそのようなことはありません。このあたり、個人差が大きいでしょう。年齢に関係なく、一生東京で暮らしたいという人も多いですし、20代のうちから北海道に移住するという人もいます。
僕は39歳まで東京で暮らしていて、30代のある時点から妙な息苦しさを感じるようになったんですね。最初に感じたのは、道路の幅の狭さ。それを心地よく感じていた時期もあったのですが、車で走っていて疲れやすくなった。西荻窪にあった遊文館ビルに車庫入れするには、芸術的センスが必要なほど難度が高かった。
帯広に拠点を移すと、車庫入れの技術はほぼ不要となります。この気楽さは案外大きい。詰まるところ、「人口密度がちょうどよいから」なのではなかろうか?
車と車が接触すると、一応「事故」ということになりますから、最大限注意してぶつからないようにする。だからストレスがたまる。一方、人と人が接触しても「事故」とは呼びませんから、混雑する街中を歩くときには肩がぶつかるようなことがある。それでトラブルになるようなことはないものの、人によってはストレスと感じることでしょう。そうした密度の高さから引き起こされるストレスが大都市には多い。
人それぞれ、自分に合った人口密度の生活空間というものが必要なのではなかろうか? あるいは、そのときの状態によって、密度が高いと感じることも低いと感じることもあるものです。高密度を求めているときには札幌か東京へ行けばよい。そんなふうに考えると、帯広での生活に不便さを感じることはほとんどありません。
芸術的に車庫入れしたいとか、満員電車に長時間揺られたいといった人はそれほど多くはないはず。大都市に住む人の多くは、仕事上の必要があって住んでいるに過ぎないのではないか?
程よい人口密度の町に住む快適さを実感することができたなら、本気で移住を検討する人がもっと増えていくのかもしれません。地方にもちゃんと仕事がありますし、ちゃんとした会社も多い。程よい人口密度の町の中で程よいスケール感の仕事をする。そうすると、必然的に地域貢献型の仕事内容になっていきますから、「自分が何のために働いているのか」を実感しやすくなる。そのあたりに、地域企業で働く意味と価値があるのではないか? 現時点で僕はそのように結論づけています。引き続き、考えて見ようと思います。
