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リフレーミング15 「労使見解」について

リフレーミング15 「労使見解」について

おはようございます。
 昨日は事務的作業を少し行っただけで、予定していた作業はほとんど進まなかった。一日の大半を休日として過ごした。

掘り進むと突き当たる岩盤のようなもの

3月も残すところ2日間だけとなりました。異例づくめの3月。例年とは異なる活動ができたとも言えますが、行動量のほうはずいぶん低下しています。大半の会議、イベント、勉強会が中止となりましたから、当然の結果。取材のため遠方へ出かけたのも1日のみ。営業、編集職の人たちもきっと苦労しながら行動していることでしょう。
 3月と言えば、もう間もなく僕は北海道中小企業家同友会全道経営指針委員会の委員長を退任することとなります。とかち支部の経営指針委員長を4年務め、次の4年は全道経営指針委員長。8年、経営指針委員会に関わったことになります。委員会への関わりは次年度も続けるつもりですが、その関わり方は少し違ったものとなるでしょう。現職の委員長の思い通りに運営するのがよいと思っています。
 経営指針委員会で学んだことは、さまざまあります。ただ、一番深く長く考えさせられたのは、やはり「労使見解」でしょう。考えを掘り進めていくと、そこに固い岩盤がある。僕にとってはそんな感覚です。
 中同協経営労働委員会で全国各地の委員や事務局員の方々と話をすると、少し違った印象を受けることがあります。手にしている「人を生かす経営 中小企業における労使関係の見解」(労使見解)を見ると、アンダーラインや書き込みがしてある。すり切れてボロボロになりかけている。これほど読み込まれた冊子を僕は見たことがありません。岩盤をものともせず、掘り進んでいった結果なのでしょうか?
 「読書百遍意自ずから通ず」と子供の頃教わりましたが、実際に繰り返し読んだ本はさほどありません。労使見解の文章は、たぶん10回以上読んでいると思いますが、100回読むと何かが変わるのかな? これは回数というよりも、読み方や態度の問題なのかもしれません。
 ある人は「困ったときに読む」と話していました。本当に何かを求めているときに読む。そんな文章なのでしょう。求め方が足りないのか、まだとことん困っていないということか。本当のところはわかりません。
 2017年、「激訳・経営指針成文化」の原稿を書いているときに、ふと思い出したことがあります。十勝経営者大学の講義に出てきた話だったと思うのですが、講師役の先輩経営者がこう話していたのです。
 「創業者は命がけ。2代目は真面目ではあるが命のかけ方が弱い」
 この言葉が僕の頭の中でずっと尾を引いていて、それが労使見解の固い岩盤に関係しているような気がしてなりません。2代目も「創業の精神」を持たなければならない。そのことは十分わかってはいますが、まだ自分と一心同体になっているとは言い難い。企業経営者としての僕の残り時間は、長くて10年くらいでしょうか(もっと早く交代できるよう努力します)。引退までに労使見解を完全に自分のものにする。それが目標のひとつ。
 企業の創業期には創業メンバーがいて、創業者と「創業の精神」を共有していたに違いありません。2代目の「創業の精神」が希薄になりやすいのと同様、今の社員の多くも「創業の精神」がわからぬまま働いている可能性が非常に高い。もちろん、昔と今とでは仕事の中身もやり方も違いますから、「創業の精神」を理解するのは容易ではないかもしれません。ただ、自社がどんな思いから始まった会社なのかを知ることは非常に重要です。そこが曖昧だと命がけにはなれないような気がします。
 労使見解の中に「命がけ」という言葉は使われていません。けれども、文章全体から、経営者は命がけになれ……というメッセージが伝わってくるようです。
 労使見解の後ろのほうには「新しい型の労使関係をつくるべき」と書いてあります。我が社はここ10数年間、「新しい型」を模索してきました。僕の理想は経営者と社員の境界がなくなってしまうこと。誰もが経営者。決して不可能ではないと思うのですが、みんなはどう考えているのでしょう?

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