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リフレーミング20 記録と印刷

リフレーミング20 記録と印刷

おはようございます。
 午前中は事務的な急ぎの仕事が多く、本来すべきことに着手できずにいた。午後1時から帯広ロータリークラブのビデオ収録用資料づくりを開始する。といっても、作業はまだ準備段階。撮影済みの写真を年度別にフォルダに分類していく。2時間、作業の没頭していたら、3時になっていた。ちょうどそのとき、A氏とH氏がプレゼントを持ってきてくれた。M氏の誕生日だったのだ。忘れていた。急いでZOOMをつなぐ。すでにクナウマガジンの人たちがZOOMに参加していた。そして、バースデーソング。そういうことだったのか。しばらくの間、各仕事先をつないで誕生会が開催された。こういう祝い方もいいものだ。
 3時半頃、作業再開。次に行うべきことは大量のスキャニングだ。ともかく、段ボール1箱と思ったが、とてもとてもできるものではない。スキャンスナップがうめき声を上げながら、数10年前の会報をスキャンしていく。複写作業よりはるかに効率がいい。だが、1日や2日でできるものではないこともわかってきた。ともかく、ビデオ収録に必要な分だけスキャニングする。夕方、パワーポイントで資料を作成していく。果てしなく続きそうな気がしたので、6時15分、この日の仕事を切り上げる。後は早朝勝負だ。

記録のための情熱と労力

帯広ロータリークラブの会報は1952年から発行されているようです。第1号と記載された会報があったので、たぶん間違いないでしょう。
 ただ、印刷が薄かったのか、インキが退色してしまったのか、ちょっと判読しにくい。この頃は謄写印刷(ガリ版)でした。ヤスリ板にロウ原紙を乗せ、鉄筆で文字やイラストを書いていく。手書きなので、制作者の個性が表れる。僕も中学生のときはガリ版で新聞をつくっていました。鉄筆でガリ切りするにはちょっとした技術が必要。力の入れ加減も難しい。慣れてくると、見出しを明朝体で書くなど、自分の技術を披露したくなるものです。
 それはともかく、初期の会報は謄写印刷。次にやってきたのは活版印刷の時代。活字が味わい深い。印刷物としては見栄えがよいものの、これを毎週発行するのは大変だったでしょうね。その後、オフセット印刷の時代がやってきます。活版に比べると、作業的はずいぶん楽になったことでしょう。僕が帯広ロータリークラブに入会したのは2003年頃。しばらくはオフセットで印刷し、その後、オンデマンド印刷に切り替えたことを覚えています。
 会報の歴史は印刷の歴史と重ね合わせてみるとおもしろい。まあ、おもしろいと思うのは印刷会社の関係者だけかもしれません。
 僕の想像ですが、昔の会報担当者は本気で会報づくりを行っていたことでしょう。かなり本気にならなければ、毎週発行し続けることなど不可能に近い。初期の会報は紙面の上半分にイラストが描かれていました。さらに驚くべきことに毎号彩色されている。どうしてこのようなことが可能だったのか不思議です。
 僕は入会と同時に広報委員会に配属され、しばらくの間、会報づくりを担当することとなりました。水曜日に例会があり、金曜日には入稿するというスケジュール。数名の委員がいますが、会報の当番になると大変です。写真はデジカメで撮るからよいのですが、一番苦労するのはテープ起こし。テキストデータで原稿がもらえるような時代ではなかったのです。運よく手書きの原稿をいただくこともありましたが、たいていはテープを聞きながら入力せねばなりません。聞き取れないこともありましたし、ロータリーならではの用語があったりすると、ひどく苦労する。いちいち調べながら原稿にまとめていく。あっという間に半日費やすこととなりました。今は10数年に比べると、劇的に簡単になっていますね。
 さすがに70年近く経つと、記録の残し方もずいぶん違ってくるものです。帯広ロータリークラブは今年で創立85年。会報発行以前の10数年間がどうなっていたのか、気になるところです。このあたりは別な資料をたどるしかありません。今は紙媒体ですが、数年前から会報はPDFでも保存されています。今後は映像になっていくのでしょうか? 

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