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第19話 オリジナルプリント

第19話 オリジナルプリント

「untitled」( 1999年、Gallery・DOT) (c) Atsushi Takahara 

おはようございます。
 第1期十勝経営者大学法律論コース第10講を終え、今年も修了証書を受け取ることができました。来年の「経営学」を修了すれば、全コース修了となります。夜、一本の電話。僕にとっては感慨深い出来事。急遽、東京出張予定を入れることになりました。

長期間鑑賞に堪える処理がなされているか

前回、ウジェーヌ・アジェについて少し触れました。「芸術家の資料」という看板を掲げ、パリの街を撮り続けた写真家。彼は画家のために、写真素材を提供していました。あくまでも生活のための写真。それが死後、再評価されることになり、近代写真の先駆者として扱われるようになったのです。
 写真はネガを使って大量に複製することができる。よくも悪くも、これが写真という表現手段のひとつの特徴となっています。さらにいえば、写真は現実の世界を二次元に複製しているということもできるでしょう。
 写真の持つ「複製芸術」という側面が、写真を一段低い芸術、あるいは「自立した芸術ではない」という誤解を招いている。こうした状況は、100年前も今もさほど変わっていないのではないでしょうか。
 辞書では、芸術とは「表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動」とされています。僕の考える写真の概念とほとんど変わりありません。写真が鑑賞者に対して、何らかの形で精神的、感覚的影響を及ぼす。これは絵画も彫刻も文学も音楽も、そして写真もまったく同じといってよいでしょう。
 写真が一段低く見られてしまうのは、「素材として使い勝手がよいから」なのかもしれません。
 アジェが画家のために写真を提供したように、写真家は今も広告のために写真を提供したり、雑誌のために写真を撮るわけです。当然ながら、写真作品のための写真と広告写真、雑誌写真との間には決定的な違いがあります。けれども、その違いが何なのかについて明確に区別している人は少ない。
 雑誌や広告制作に携わる人であっても、中にはよくわかっていない人がいます。作品として成立している写真なのに、写真家に無断でトリミングし、雑誌に掲載してしまう……といったケース。作品と素材との境界がわかりにくい。これも写真の地位を不安定にさせる要因のひとつといえそうです。

素材の対極に位置するもの。それがオリジナルプリントです。
 以前書いたように、僕は高校時代にカメラ雑誌をむさぼるように読み、当然ながらオリジナルプリントの意味について十分に理解しているつもりでいました。
 「写真家が自分の作品として認めたプリント」。これが一応、オリジナルプリントの定義となっていますが、これは広義と考えるべきでしょう。写真家がオリジナルプリントについて、ゆるく考えていたとしたら、何でもかんでもオリジナルプリントになってしまうのです。
 作品として売買されるオリジナルプリントには、もっと厳しい制約が設けられています。写真家が認めるだけではなく、一枚の写真ができあがるまでの暗室処理の仕方が重要になってくる。ネガがあれば大量複製できる……といった安易なものではなく、オリジナルプリントの制作には相応の難作業が待ち受けているのです。
 僕は独学で暗室技術を身につけていきました。大阪芸術大学の写真学科に進みましたが、暗室技術を教わったという記憶はありません。すでに誰よりも優れた技術を持っていると自負していました(このように書くと自信過剰だと思われそうですね)。
 ところが、ほどなく僕の暗室技術に対する自信は打ち砕かれることになりました。関西で初めて、オリジナルプリントを専門に扱うフォトギャラリーとして誕生したギャラリーDOT(京都)に出合ったのです。DOTのオープンは1980年。僕が初めて訪れたのは1982年のことでした。
 衝撃を受けました。オリジナルプリントの持つ質感、存在感に圧倒されながら、僕は一鑑賞者として魅入っていました。写真には魔術的な魅力がある。そんなふうに思うようになったのも、その頃のことです。

プリントそのもののクオリティもさることながら、オリジナルプリントには「長期保存に耐える暗室処理」が求められます。ここが写真家にとっては一番負荷のかかるところ。設備の整った暗室を持つ写真家なら、さほど負担には感じないかもしれません。けれども、僕が設備の整った暗室を持つようになったのは1992年頃のこと。それでも、個展の準備のために暗室にこもる日々が続くと、30代前半だったにも関わらず腰痛に悩まされました。
 一番気を遣うのは暗室技術そのものではなく、残留ハイポの除去にありました。
 プリント作業では、ネガをセットした引伸し機を使って印画紙に露光。その後、現像液、停止液、定着液の順に印画紙を浸していきます。プリントのクオリティに一番影響するのは現像液ですが、それは写真家の好みの問題でもあり、保存性とは関係ありません。この段階で保存性に影響を与えるのは定着液。僕はハイポを除去しやすい非硬膜化タイプの定着液にするか、しっかり定着できる硬膜化タイプの定着液にするか、悩みました。結局、硬膜化タイプで二浴定着(第一定着、第二定着)し、水洗以降の処理をしっかり行うことにしました。
 水洗作業は、予備水洗、水洗促進液、本水洗、調色、水洗、水滴防止剤、乾燥という順番。四切程度の大きさであればさほど大変ではありませんが、全紙サイズくらいになると骨が折れます。一番緊張するのは調色の段階。浸けておく時間によって色が大きく変わってくる。僕はコダックのセレニウムトナーを使っていました。ここで失敗するとこれまでの苦労が水の泡。こうしたドキドキ感は、デジタル写真の時代になってからは味わっていません。
 最後の仕上げはドライマウント。写真の長期保存という点では、「ドライマウントで熱を加えないほうがいい」という説もあるのですが、僕は写真の平面性を保つほうが重要と考えていました。ドライマウントもけっこう緊張する作業。時間をかけすぎると写真に悪影響を及ぼすし、短いとしっかりマウントされない。
 こうした一連の作業を経て、最後にサインを入れて、オリジナルプリントが完成することになります。ここではごく基本的な作業手順を書きましたが、実際にはもっと細かく、シビアな作業工程があって、とても文章化することはできません。
 他の写真家がどのようにオリジナルプリントを制作しているのか見たことはありません。しかし、制作のために投入するエネルギー量は相当なものでしょう。プリントを外注し、サインしただけの写真作品とは存在感が違うはず……。僕の思い込みと思い入れの激しい部分は割り引く必要があるとしても、オリジナルプリントには相応の価値があるのです。

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