
おはようございます。
休日として過ごす。午前中、2時間くらい使って書斎をきれいにする。僕としては相当攻め込んだつもりだが、M氏によると「ほとんど変わっていない」らしい。それでも10キロくらいの書類を捨てた。午後、買物へ。4軒まわると4時になっていた。早めの夕食。急速に眠くなり、本を読もうと思ったが、8時には眠っていた。8時間睡眠に成功し、寝不足状態は完全に解消された。
インプット型かアウトプット型か
それにしても、梅雨のような天気の日が続いています。地球温暖化の影響か、梅雨がないはずの北海道なのに晴れの日がやってこない。5月には30度を超える日があるのに、この時期は10度台と肌寒い。
おかげで、水出しコーヒーをつくろうという気持ちが湧いてきません。今シーズンは週2回以上抽出すると決めていたのですが……。代わりにホットで飲む回数が増えることとなりました。我が家にホットコーヒー用の豆は200グラムしかストックがない。水出し用は1.2キロ待機状態にあります。
そういえば、一昨日、日本自費出版文化賞の一次審査をしていて、気づいたことがありました。著者の年代によって、インプット型とアウトプット型の違いがあるのではないかということ。
ここで言うインプット型とは、取材して聞いた話をできるだけ忠実に再現して本にまとめたもの。一方、アウトプット型とは取材をしたり、文献を調べたりするのですが、要は「自分の言いたいことを言う」という姿勢で書かれたもののことを指します。前者は若い著者に多く、後者はやや年配の著者に多いのではないか?
もしかすると、世代と言うより「時代」の要素が大きいかもしれません。50年前の若者よりも、今の若者のほうがまわりに合わせようとする傾向が強い。その分、自己主張が弱い。自然にインプット型になる。
なぜそう思ったのかというと、インタビューした内容をそのまままとめたような本が2冊あったのです。それぞれ本としてのクオリティーは非常に高い。僕は一次選考の欄に丸印を入れました。しかし、何かが物足りない。それが何なのか、僕は最初からわかっていました。
「自分はどう考えているのか」なんですね。自費出版というのは「自分でお金を出して本を出す」ということ。せっかく自分の著書なのに、インプット99%で満足できるのか? ここが僕にはわからない。
僕は30年以上前から、注文を受けて雑誌の記事や広告をつくる仕事に携わってきました。注文に合わせて原稿を書いたり写真を撮ったりする。したがって、そこに自分個人のメッセージを加えることはできません。ほんのわずか、自分らしさを巧妙に混ぜ込む。その程度でした。
スロウを創刊すると、自分のつくりたいものを好きなように(と言っても制約はありますが)つくることができる。まさに、雑誌や本をつくりたい人にとっては理想郷。そんな環境にあるわけですから、本気でアウトプットすべきではないかと思っています。取材先で聴いてきた話をそのまま文章にするのではあまりに弱い。相手の言葉を借りながら、自分はどう考えるのかが伝えられなければならない。したがって、取材以前に自分は何を考えている人間なのか、掘り下げる必要があるのではないでしょうか。
これは編集者ばかりでなく、他の職種に当てはまりますね。デザイナーやフォトグラファーにしても、見栄えのよさばかり追いかけると、結局「自分が存在しないアウトプット」になってしまう。そのうち、どこかの雑誌のページを引っ張り出してきて、「こんな感じで……」みたいな作り方をするようになる。これは避けたいパターンのひとつ。
雑誌にしろ、書籍にしろ、長い時間をかけて抽出される水出しコーヒーのような作り方が望ましい。制作に時間をかけるという意味ではなく、自分の人生すべての時間が背景にあって、ひとつの記事や本ができあがるということ。滴下式の水出しコーヒーのような味わいのある記事を目指さねばなりません。
