
おはようございます。
4時間ほど仕事をする。幹部会議の準備と同友会とかち支部四役会の準備。もうひとつすべきことがあったが、半日は休日として過ごす。帯広にしてはちょっと湿度が高い。夕方、30分ほど調べもの。
前回よりも好ましい結果をつくるには
日常生活、日常業務の中で、「この光景、この状況、以前にも出合ったことがある」と思ったことはないでしょうか?
僕はしょっちゅうあるのです。そして、その後どのように展開していくのか、だいたい想像がつく。だから、異なる結果をつくり出そうと思えば、異なる意思決定をするしかありません。しかし、打つべき手が見つからず、過去の同パターンと似たような意思決定をして、似たような結果をつくり出してしまうことがあります。わかっているのに……という残念な気持ちが湧いている。
これは何を意味しているのか? 自分なりに解釈してみると、「前回の結果から学んでいない」ということになるでしょう。結果から学び、自分に不足している知識や技術があれば、勉強する必要がある。ところが、残念な結果からしばらく時間が経過すると「過去の出来事」になって、さほど痛みを感じなくなる。そのうち、日常の数多くの仕事の中に紛れて、「時間ができたら手をつけよう」という気持ちに傾いていく。こうなると、たいていの場合、次のサイクルがやってくるまで放置したままになる。
それでも、まったく学んでいないわけではありません。少なくとも、前回の光景や状況を覚えていて、その後の展開について想像がついているわけです。したがって、対応の仕方を少し変えてみれば、いくぶん望ましい結果へ導くことができるのではないか? 若手のベテランとで対応力が異なるのは、過去の経験(特に失敗経験)を豊富に持っているためでしょう。
もっと確実に望み通りの結果を得られるようにするには、内省的な自分であり続けなければなりません。夜、眠る前に「その日の出来事や自分の言動・行動を振り返る」という習慣を持っている人もいます。僕もそのような人を見習うべきかもしれません。僕が眠る前に行っているのは「自分をねぎらう」「その日に出会った人に感謝する」「解決したい問題を思い浮かべる」の3つ。これに内省を加えると、眠れなくなってしまうかもしれません。
20年周期説に沿ってイメージしてみると、これから困難な問題が次々と押し寄せてくる可能性があります。2000年から2001年にかけて、何があったのか。さらに、1980~81年はどうだったのか。形を変えながら同じような光景、同じような状況がやってくる。そう考えると、意思決定力を高めなければなりません。
困難な問題にばかり目を向けてしまいますが、その中に好ましい出来事も少なからず含まれていて、きちんと対応すれば、次の成長期を迎えることができる。我が社の場合、今年から来年にかけて大きな転換期となる……。そんなことを年末年始に考えていましたが、コロナ禍によって、我が社ばかりではなく世界中のあらゆる企業にとって、今年から来年が大きな転換期となりましたね。ここで変わることのできた企業は次の時代に成長期を迎えるが、変われなかった企業は衰退していくことになる。変わらなくても生き延びられる企業もあるでしょうが、何が起こるかわからない状態がしばらく続くはずです。
20年周期でやってくる出来事に加え、誰も経験したことのない出来事にも直面している。こうなると、勉強+内省力では好ましい結果へ導くことはできないかもしれません。突き詰めて考えていくと、理性的な意思決定では答が得られないという結論にたどり着く。最終的には自社の経営理念に立ち戻り、「本当にすべきことをとことんやる」ということになるのではないでしょうか? そういえば、20年前は「とことん」で助けられたことを思い出しました。
