
おはようございます。
朝は事務的作業。11時からPCの設定等。12時半、帯広ロータリークラブ例会。1時40分、北海道中小企業家同友会理事会に10分遅れで参加。3時15分帰宅。再びデスクワーク戻るが、何か忘れているような気がした。7時夕食。食後に思い出した。9時、あすなる会7月例会の講演資料をまとめる。ベースとなるスライドがあって助かった。数ページ追加と一部微調整。11時過ぎに完成した。
経営目的と人生の意味
昨夜仕上げた講演資料のテーマは「何のために経営しているのか?」というものでした。即答することもできますが、よく考えると難しい。何のためにやっているのだろう? そんな疑問が湧くことって、日常の中でも多いのではないでしょうか。
個人差もありますね。仕事だからやるだけ。そう割り切って、ひたすら目の前の仕事に集中する人もいます。一方、「何のためにやるのか」十分に納得しないと力を発揮できないという人もいます。乱暴に分類すると、前者は昭和型、後者は平成型といえるかもしれません。
多くの企業は昭和型の上司が平成型の部下のモチベーションを高めようと懸命に努力しています。もちろん「何のため」が重要であることは、昭和型の人たちもよく知っている。自分自身は「つべこべ言わずやることをやれ」と育てられましたが、自分から部下に対してそのような指導をすることはまずありません。懇切ていねいに指導したり、マニュアルを作ったり、お客様の声を紹介したり、さまざま工夫しながら伝えていることでしょう。
そうした努力の結果、一部は伝わるのですが、それでも「伝わらない」と感じている昭和型上司が多いのではないでしょうか。少しずつ増えつつある平成型上司の場合はどうなのでしょう? 同じタイプに属しているから、伝わりやすいといってよいのかな? 僕にはこのあたりがよくわかりません。
企業にはさまざまな年代の人がいますから、目的意識を共有するのは容易なことではないでしょう。このため、多くの企業は経営理念、社是、ミッション、フィロソフィーといったものを策定します。社内に共通言語をつくり、定着させようと努力をする。手帳に印刷したり、朝礼で唱和したり、社歌を歌う会社もあるようです(社歌は意外にも増えているらしい)。
我が社も社歌を除いて、たいていのことは実施済み。それでも「何のため」がわからなくなってしまう人が出てきます。というより、僕自身もときどきわからなくなる。それが自然なのかもしれません。
ときどきわからなくなり、「いやいや、それではいけない」と思い直し、掲げている目的に立ち戻る。その繰り返しでしょう。それが経営理念であるわけですが、もう10年以上前のこと、経営理念だけでは強い目的意識を持ち続けられない人が出てくるのではないか……と考えたことがありました。
そこで、経営理念の前に「経営目的」を明文化することにしました。
「社員及びその家族が『調和のとれた豊かさと幸せ』を手にすること」
これを我が社の経営目的としたのです。調和とは「矛盾や衝突がなく、全体がまとまっていること」と定義づけました。とりわけ、地域の中で調和がとれていることが重要です。また、ワークライフバランスの面でも調和が大事と考えていました。
自分にとって、何が豊かで何が幸せなのだろう……。これは容易には結論の出ないテーマといえます。毎日3食食べることができて、毎日すべき仕事がある。それだけでも豊かで幸せと感じることができるものです。その一方、「自分の仕事人生を懸けて成し遂げるべきことは何なのか」について考え続けている自分がいます。企業経営者に限らず、それが自然な姿といえるのかもしれません。
偶然生まれてきたのかもしれないが、何か意味があって生を授かったはずだ。自分の人生の意味について、わかったような気持ちになることもあれば、迷走状態となり意味不明な行動をしてしまうこともあるわけですが、「何のため」という問いを持ち続けていれば、たどり着くべき場所にたどり着く。僕にはそう思えてなりません。大事なのは「何のため」と自分に問い続けることなのかもしれません。
