
おはようございます。
午前10時、釧路のS氏、営業のK氏とミーティング。順調なペースで進んでいる。ミーティングの後、校正のPDFが送られてきた。午後1時半、T氏と自宅でミーティング。新事業の進捗状況。夕方までに幹部会議の準備等。6時半、中小企業家同友会とかち支部四役会。ZOOMで参加したのは僕を含めて3名。リアル参加者が増えると別な問題が浮上する。マイクの性能がよくても聞き取りにくくなるのだ。WEB会議におけるマイク問題。何か有効な対策があればよいのだが……。8時半終了。
20年前の教訓
またしても20年周期の話になります。
数日前のテレビだったと思いますが、「K字回復」という耳慣れない言葉が出てきました。V字でもU字でもL字でもない「K字」。世界経済にしろ、自社の経営にしろ、V字回復するが理想的。回復までに時間がかかるU字でもよしとせねばなりません。現時点では、L字型の弱い回復に留まるという見方が強いようです。
ただ、そんな中でITやECが業績を大きく伸ばしています。一部の業種のみ成長し、他が落ち込んでいく。二極化していくということでK字回復。これを「回復」と言ってよいのかわかりません。しかし、GAFA+マイクロソフト(GAFAM)の時価総額が、日本の東証1部2170社の合計を上まわる560兆円に達したというニュースには驚きました。世界はとんでもないことになっています。
もう30年近く前、先代(父)から「おまえがやっているのは浮き草稼業だ」と言われたことがありました。本当はそんなことはないのですが、何10年も製造業を営んできた人から見ると、雑誌や広告をつくる仕事はそのように映るのでしょう。戦後日本はものづくりを中心に経済成長を遂げた。しかし、1990年代以降、ものづくり神話は崩れ迷走していくことになります。
印刷関連業界における、製造業としての危機はどこから始まったのか? ひとつ思い出しました。1982年か83年、先代から「PC98」という言葉を何度も聞いたのです。その言葉には機会と脅威の両方が含まれていました。脅威のほうが大きかったかな? これが広まると大変なことになる……。そんな危機感があったと思います。
PC98とは1982年からNECが発売したパソコン製品群(初代機はPC9801)。最盛期には日本のパソコンの実に90%以上を占めたらしい。DTPが普及するのは1990年代に入ってからですが、まず写植という仕事が消えていくこととなりました。デジタルによる印刷産業の大きな変化。これは1982年のPC9801から始まったと言ってよいのかもしれません。
2000年、僕がソーゴー印刷に入社した年にはCTP(コンピューター・トゥ・プレート)が導入されていました。データから直接刷版を出力する機械。これにより、アナログ製版という仕事が激減していった。また、同年、工程管理がデジタル化。ひとり1台パソコンを使うようになっていきました。我が社にとっては大きなデジタル革命。
1982年と2000年の大きな節目。次の20年後、今年2020年はどういうことになるのか、おおよそ予測がつくというものです。20年前の我が社のちょっとした失敗は、製造業であることに固執したことだったと考えています。2000年前後はインターネットが爆発的に普及していて、中小企業も自社のWEBサイトを持つようになっていった時期。我が社も自社サイトをつくりました。このタイミングでインターネットの世界に大きく踏み出すべきでした。けれども、当時の最大の課題は月刊しゅんの黒字化にありました。家系図作成ソフト「家康」というユニークな商品を開発していましたが、デジタル商品が我が社の柱になることはありませんでした。
2020年の我が社には20年前、38年前の教訓が生かされることになるのではないかと考えています。先が見えなかった20年前とは異なり、今は世界の変化が比較的読みやすい。ただ、自分の知識が追いつかないというのが実情。そのあたりを若手、中堅の人たちがカバーしてくれれば、この先20年の道筋が見えてきます。
世界は本当にK字になっていくのか? そんなはずはない、と僕は考えています。
