
おはようございます。
朝、機材の準備を整えてから、何本かメールを送る。9時頃出発。目的地は白糠。時間はたっぷりある。海辺で撮影。そして、朝作った弁当を食べる。取材は午後1時から。たぶん、16年ぶりの再訪。お互いに変わったが、理念は変わっていない。そう感じさせる取材だった。取材終了は4時半頃。夕食は運転しながら。7時頃、会社着。浦幌で買ったスイカを届ける。帰宅後、急いでパソコンに向かう。25分遅れて、経営指針委員会に参加。9時半頃終了。
一貫性のある人生と企業経営
昨日思ったのは、ブレずにひとつの道を進み続けている人は強い、ということでした。一貫性があるかどうか? ここですね。
企業が自社の経営理念を定めるのは、一貫性のある事業活動を行うため。活動にブレがあったり、途中から逆の道に進んでしまうようではいけないわけです。
経営環境の変化に伴い、柔軟に変えていかねばならないこともたくさんある。けれども、本質が変わってしまったり、掲げてきた理念に反することを行うようでは、自社の存在価値が危ういものとなってしまいます。変えてよいものと変えてはいけないものとがある。不易流行です。
「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」(松尾芭蕉)
これは「原則を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」という意味。企業にしろ、個人の人生にしろ、不易流行がわかっていなければ、どんどんおかしな方向へ進んでしまうことがあります。あるいは、自社または人生の大きな転換点に立っているというのに、変わることをためらったり、避けたりすることもある。不易と流行をしっかり区別できること。これは企業経営者だけではなく、人生を豊かなものとする上でも非常に重要ではないかと思います。
一貫性を感じさせる人というのは、活動内容がどんどん変わっているというのにちっとも変わっていない……と感じさせるところがあります。スロウでは、同じ人を繰り返し何度も取材することがあります。創刊当時に取材した人であれば、16年も経っていることになる。そうすると、当然ながら大きく違っている。昨日も新しい建物ができていただけではなく、お互いに16歳年齢を重ねていました(当たり前ですが)。けれども、本質は変わってない。揺らぐことはあっても変わってはいないはず。
逆に、活動内容はまったく変わっていないのに「すっかり変わってしまった」と感じさせる人もいるでしょう。変わらないために、変わり続けなければならない。それが不易流行ということなのだと思います。
人生にしろ、企業経営にしろ、なかなか思い通りにはならないものです。そのことを言い訳にして、もっとも重要な志や理念を安易に変えてしまってはいけない。企業の経営理念は、言葉としては変えてもよいと考えますが、その根底に流れている精神まで変えてしまってはいけない。ここは経営者、とりわけ後継者の人がもっとも悩むところでしょう。創業の精神がわからぬまま経営者になったという人も多いに違いありません。
自分の人生に一貫性があるかどうかすら怪しいのに、一貫性のある企業経営ができるのだろうか? そんな疑問も湧いてきます。僕自身にもそんな疑問がある。自分の人生には怪しい部分がいくつかある(そう公言してよいのだろうか?)。
しかし、企業というのは案外よくできているものだと思います。一人ひとり、怪しい人生を送ってきた人が集まって組織をつくっていたとしても、全体として調和がとれているというケースが少なくありません。これは企業(法人)という「人」が健全な価値観を持っていて、一貫性のある社歴を持っているからなのではなかろうか?
一人ひとりはブレやすい存在ですが、健全な会社に長く勤めているうちに自社の不易とは何かがわかってくる。そうして、自分の人生にも一貫性が与えられる。多少の浮き沈みはあっても、自社の健全性を信じて、理念経営を継続することが何より重要ですね。
