
おはようございます。
土曜日は鹿追での取材でした。あるオーベルジュのオープニングレセプション。手づくり感と感動に満ちたイベント。感動を与え、自らも感動が得られるような仕事をする……。感動そのものは仕事本来の目的ではないかもしれませんが、感動に包み込まれた仕事の仕方はひとつの理想形といえるでしょうね。僕らも感動とともに仕事をしていきたいものです。
写真と印刷の関係に変化をもたらす技術
捉え方によっては、僕らの仕事は感動に満ちています。感動するポイントは人それぞれといえるかもしれません。感動のツボがいっぱいある人もいれば、不思議なところにツボを持つ人もいる。年齢、性別、人生経験の違いによっても、感動のポイントはずいぶん異なったものとなるでしょう。
僕は小学生の頃(たぶん)、印刷現場で使われるルーペを覗いてビックリしました。驚くとともに、静かに感動すらしていました。
ペン型のマイクロスコープ。25倍だったと思います。これで印刷物を拡大してみると、網点が大きく見えるのです。カラー印刷であれば、4色の網点がくっきり見える。そして、目の錯覚によってフルカラーが再現されていることがわかります。印刷の世界っておもしろいなぁ、と思った出来事のひとつでした。
僕は中学校では謄写印刷を行っていました。網点とは無関係な印刷方式。でも、マイクロスコープを手放すことはなく、いろいろな印刷物を覗いていました。お札や切手に印刷されているシークレットマーク(秘符)をルーペで見るのもおもしろいものですね。ちなみに、今の紙幣には「ニ」「ホ」「ン」のシークレットマークが隠されています。子供の頃はさまざまなルーペを持っていましたが、25倍のマイクロスコープが一番楽しめますね。
高校で写真に熱中するようになると、倍率の低いルーペを使うようになりました。結局、今も使い続けているのは4倍のピーク・ルーペ。これを使って、ネガでもポジでもベタ焼きでも覗いていた。ネガやポジを覗くときにはライトボックスを使っていましたから、ずいぶん目に悪かったに違いありません。この頃から左目より右目のほうが近視が進んでいくようになりました。
写真中心の生活が続き、マイクロスコープを使うことはほとんどなくなりました。けれども、ソーゴー印刷に入社して10年近くたった頃、改めてマイクロスコープを覗くことになったのです。そのきっかけはFMスクリーンでした。
FMスクリーンとは20ミクロンという極小なドットで表現する高細密印刷のこと。従来の網点(AMスクリーン)では175線が標準でした。1インチあたり網点が175個ある……といっても、あまりイメージしにくいですね。ルーペで覗くとよくわかります。
で、FMスクリーンの場合は網点に換算すると400線相当になるというのです。もし機会がありましたら、身近にある印刷物を手当たり次第ルーペで覗いてみてください。さほど多くはないかもしれませんが、その中に驚くほど微細なドットで再現された印刷物を見つけることができるはず。
我が社でFMスクリーンが使われるようになったのはいつからなのでしょう? 僕は印刷技術に疎い人間なので、正確にいつからなのかよくわかっていません。ハッキリFMスクリーンによる印刷物だと伝えられたのは、2011年に出版された「旅するカメラin鹿追」という本でした。ソーゴー印刷と鹿追町役場の女性スタッフがつくった鹿追町案内の本。
最初は「何かが違う」という印象。そして、ルーペで覗くよう勧められ、実際に覗き込むと驚きの世界が待っていました(大袈裟ですね)。印刷人としては遅まきながら、FMスクリーンの素晴らしさを初めてこの目で目撃することになったのです。
ページの片隅に極小の顔写真が印刷されていて、それをルーペで覗くと極小写真なのに実に精密に再現されていました。4×5ネガから精密に引き伸ばされた写真のようにも感じられました。精密に再現された写真には、撮影者の意図しない小動物をはじめ不思議なものが写っていることがあります。僕はFMスクリーンに大きな可能性を感じました。
これを技術的にコントロールして使いこなすのはずいぶん難しいのではないか? 僕は勝手にそう思い込んでいたのですが、我が社ではあっさりとクリアしていました。その後、多くの印刷物にFMスクリーンが使われることになったのです。スロウをはじめとする自社印刷の出版物にも当たり前のように使われています。
再現性がすぐれていますから、元の写真がちゃんとしていないとボロが出てしまうことになる。フォトグラファーとしては、これまで以上に画質に注意を払わねばなりません。
僕は「写真」と「印刷」のクオリティの差が大きく縮まっていることに、不思議な感慨を覚えることとなりました。長い間、写真、とりわけオリジナルプリントの持つ圧倒的な質感は、印刷では再現不可能だと思ってきたのです。必ずしも写真(プリント)のほうがすぐれているとは限らない……。そんな時代がやって来つつある。
そのことは写真家としては複雑な気持ちになるものの、印刷人としては、印画紙レベルのクオリティを大量生産することに大きな魅力を感じています。真っ先に思い浮かぶ用途として、何といっても写真集がありますね。もちろん、僕の写真集「記憶の中の風景2」にもFMスクリーンが使われることになりました。
そして、昨年はもっと驚く写真集が印刷されることになりました。谷杉アキラ氏の写真集「PIRKANOKA」(ピリカノカ)。
写真そのもののクオリティもさることながら、「ああ、こういう印刷の仕方があったのか」と僕は驚いてしまいました。モノクロの写真集といっても、通常は4色で印刷されることが多い。そのほうがクオリティが高まるという思い込みがあったのです。大学時代、自分たちで作った写真集でさえも、スミとグレーの2色印刷でした。
それがスミ1色による印刷。FMスクリーンを使えば、印画紙と同様、シンプルにスミだけでモノクロ写真を精密に再現することができるのです。僕もモノクロの写真集をつくってみたいと思うようになりました。
