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取材記録01 「量」と「深掘り」

取材記録01 「量」と「深掘り」

おはようございます。
 午前9時出発。12時15分、石狩着。前回の取材先に立ち寄ってから目的地へ。取材は1時から。ひたすら作品を撮影していく。本当はスタジオで撮りたいところ。こうした撮影が2、3年に一度ある。ライティングは前日に3パターン考えていた。B案(理想的ではないが納得レベルのライティング)で撮ることになった。2時半頃撮影終了。自家栽培のブドウをごちそうになる。前回訪問したときにも思ったが、この作品群はすごいものがある。6時半帰宅。

続けることでわかること

昨日は撮影をしながら「この仕事はいつまで続けられるのだろう?」と考えていました。いつか終えるときがやってくる。たぶんあと数年に違いありません。それまでに記録に残しておくべきではないか? これまでも取材の様子の断片をブログに残してきました。これをもう少しまとまった形で記録していこうと思います。
 スロウの取材では毎回何かしらの発見があります。衝撃を受けることもありますし、影響を受けることもある。その中に共感や感銘があって、編集者はそれを記事にする。撮影者の場合は写真で表現しようとするわけですが、黒子に徹する場合も少なくありません。
 昨日の取材は完全に黒子的な仕事でした。しかし、その中にもおもしろさがある。ひとりの表現者の成長について、作家自ら作品を示しながら説明してくれたのです。単独の作品を観るだけではたぶん気がつかない。約10年のときを隔てて同じ題材で描かれた作品を見比べると、確かに違いがわかります。技術的な違いもあるのでしょうが、たぶんそれ以外にも何かが違うのでしょう。そのような目で作品群を観ていくと、別な楽しみ方、味わい方ができそうです。
 10年でこれだけの違いが生じる。その背景には何があるのか。それは容易に想像することができます。毎日描き続けている。膨大な量の作品ストックがあります。前回訪れたときは「額装された作品群」だけに目を向けていました。しかし、それ以外にもあって、ファイルに収められた絵手紙類を見せていただきました。毎日描く。日課にすることで技術的にも感性的にも磨かれていったに違いありません。
 これはどのジャンルの人にも当てはまること。編集者であれば「書き続ける」ことが求められます。文章を量産することが目的ではありませんが、「量」を通過しなければ「質」は高まっていかない。気が狂ったように書き続ける。画家であれば描き続ける。その中から何か新しいものが生み出されてくる。
 スロウの取材は「現場主義」が原則となっています。もちろん、現場で撮影できないものはスタジオで撮影することになる。どちらでも可能な場合はやはり現場で撮ることが望ましい。それは「場所の力」が写真に何らかの影響を及ぼすと考えているからです。
 昨日は非常に窮屈な空間での撮影でした。四畳半に3人。その中でライティングするのです。しかし、僕はもっと狭い空間で撮ったこともある。3パターンのライティングを想定しておけば、ほとんどの撮影に対応できるものです。
 考えてみると、僕も「量」を通過してきました。1990年代前半、信じられない分量の仕事をこなしてきた。仕事が大量にある。今考えるとありがたい時代でしたね。今は自分で自分の仕事をつくるようになりましたから、やはり大量にあるわけですが、「何がやってくるかわからない」という仕事は自分を鍛えてくれるものです。
 スロウ編集者は「自分で取材先を決めることができる」という非常に恵まれた状況にあります。それゆえに、無意識的に「自分にとっての快適空間」を築く傾向が見られます。自分の専門ジャンルを定めるのはよいことですが、重要なのはそこを深掘りすること。深く掘れば広がりが出てくる。逆に言うと、広げていかないと深く掘ることはできない。
 ある一点だけ掘り進めているように見える人であっても、何かを究めている人には空間的な広がりがある。自己成長を求めれば活動領域は自然と広がっていくものだと思います。

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