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偶然経営仮説25 神秘性と科学性

偶然経営仮説25 神秘性と科学性

おはようございます。
 午前9時15分出社。9時半、同友会とかち支部I局長と会員企業訪問活動。7社まわる。じっくり話ができたのは1社のみだった。午後1時半、自宅で定例ミーティング。夕方は取材準備等。久々に宿の予約をした。

意味づけの必要性

相変わらず20年周期としか思えないような現象が続いています。ほとんど毎日のように感じている。20年前、「どう考えてもうまくいかないだろうな……」と思っていた活動がありました。それは会社の活動ではなく、僕の個人的な活動。実際、事業化には至らなかったのですが、ここから何かを学んだような気がしています。
 僕の考えでは、無意味と思えるような活動の中にも意味があるものです。ただし、巻き込まれて仕方なくやるような活動だと本当に無意味になってしまいます。頼まれたり、巻き込まれたりする場合でも、活動する場合は肯定的、積極的にやる必要がある。20年前はそのことをよくわかっていませんでした。今はそのことについてくわかるようになりました。そこが20年前との最大の違い。20年ぶりにやってきたチャンスと捉えてよいのではないか?
 20年前には、頭の中にジグソーパズルのようなものを思い浮かべていました。余ったピースがたくさんある。ピースを埋めていくことができず、手詰まり状態というイメージ。もっとも、僕はジグソーパズルというものをたぶん一度もやったことがない。だから、本当はどのようなものかよくわかっていないのですが、きっと実際にやってみるとストレスを感じるに違いありません。
 僕の場合、ピースを埋めていくというやり方は向いていないのでしょう。2006年の夏か秋になった頃、ようやく僕は少しわかってきました。頭の中で乱雑に散らかっている情報。これらが少しずつつながっていくような現象が起こったのです。情報もつながりましたし、行動もわずかながらつながるようになっていった。無意味と思える行動も、無意味ではないと思えるようになったのです。
 今でも「これは無意味ではないか?」と思えるような行動をとることがあります。たぶん、他に企業経営者にもそうした意味の薄い行動があるに違いありません。本当に賢い経営者であれば、すべて意味づけできるのかもしれません。しかし、僕の場合は直感的、あるいは無意識的に行っているものが多い。その時点では無意味に思えても、数年後に「意味があった」と気づくことがあります。
 新入社員にも中堅幹部にも社長にも、誰にも意味を説明できないような活動があるものです。社内で合理性ばかりを追求すると、意味づけ困難な活動はできなくなってしまう。ですから、3Mの「15%ルール」のような誰にも縛られずに使える時間があるとよいですね。我が社はまだその段階には至っていないところがあります(それに近い人もいますが)。意味づけ困難な活動に必要なものは、神秘的魅力を感じ取る力と深入りできるだけの思い切りでしょうか。ただし、熱しやすく冷めやすい人だと中途半端に終わってしまいます。熱が冷める前に意味を明確にする努力が必要なのかもしれません。
 そのようにして考えていくと、神秘性や偶然性ばかりでなく、科学性や合理性について絶えず考え続けることが求められるでしょう。必然性のない活動なのに力が入る。あるいは求められてもいないのにマニアックなレベルの完成度を追求してしまう。誰しも、そのような仕事をすることがあるものです。そこに科学性、合理性を見いだそうとすることで、自分の目指すべき方向が見えてくるのかもしれません。あるいは、雑多に収められている頭の中の何かと結合する可能性がある。
 僕の場合は20年たってようやく意味がわかるという活動があります。ちょっとタイムラグが長すぎますね……。

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