第18話 書体

第18話 書体

おはようございます。
 昨日は3時間くらいかかって写真セレクト作業を行っていました。集中しすぎたようです。目を酷使してしまいました。眼精疲労。そして肩凝り&頭痛。途中で休憩をはさむべきでしたね。目が疲れないディスプレイの誕生が待たれます。

明朝体ピンチ

パソコンのディスプレイに比べると紙媒体は断然目にやさしい。画面で読めばすむ文章でも、わざわざプリントアウトしてから読むという人も多いことでしょう。僕も長文はプリントアウトすることが多い。画面で読むには、僕のブログの文章量くらいが限界かな……。
 印刷またはプリントアウトされた文章であっても、「読むのがつらい」と感じることがあるものです。僕の考えるところ、原因は次の3つ。
1.文字組みの問題(第17話参照)
2.書体の問題
3.紙の問題
 他には、文字色が薄いとか、背景の地紋や写真の影響で読みにくいといったものもあるでしょう。しかし、「スミ100%+無地」なのに文字が読みにくいとすれば、この3つ以外には考えられません。
 そこで、今回は書体について考えてみようと思います。

学校新聞をつくるためにガリ切り(原紙に鉄筆で文字を書く)していたとき、一番おもしろいと感じたのは、活字に似せて見出しを書くことでした。もう42年も前のことですから、今ではもう書けないでしょう。当時は、明朝体を自由自在に操って(あくまでも自己評価です)書いていました。
 まわりの友達はほぼ無関心だったと思いますが、僕の中では「明朝体を手書きできる」ことは一種のステイタスでした。僕がガリ切りをしていたのは1974~77年頃。学生運動は下火になっていました。本当によかった。おかげで、「ゲバ字」(全学連漢字)を目にすることはあっても、真似ることはありませんでした。
 1980年代後半、雑誌の仕事をするようになってからは、次第に書体と文字組みが気になるようになっていきました。文字組みについては、昨日書いた通りです。
 僕の東京時代(1985~2000年)は、ほぼ写植の時代といってよいでしょう。ですから、文字組みは本当に美しい。ただ、今考えると「変だな」と思うようなこともありました。
 僕らの関わった雑誌では、やけにゴシック系の書体が使われているのです。若者向けの本だけかと思ったら、女性誌でも使われていました。当時、雑誌の仕事では「写研」(写植システムの製造・販売会社)を使うのが常識。ソーゴー印刷ではモリサワの写植機が使われていましたが、出版業界では写研以外は考えられない……という状況だったと思います。僕らは、どんな記事でも写研の「石井中ゴシック体/MGAKL」を使っていました。
 どこにでも写研の見本帳がありました。見本に使われている文字は「愛のあるユニークで豊かな書体」。モリサワの見本帳は使ったことがありません。ネットで調べてみると、「美しい写植の文字でアッピール」というのが出てきました。社内で誰か持っている人がいるだろうか? 気になります。
 それはともかく、1980年代後半から1990年代にかけて、僕らはほとんどゴシック系の文字しか使わずに仕事をしていました。雑誌では一制作会社に「本文の書体を選択する権利」はありません。何か変だなと思いながらも、雑誌で決められた書体に深い疑問を抱かず、ずっと使い続けていました。
 そうして、2000年5月に僕は帯広にUターンし、ソーゴー印刷に入社したのです。

入社時には業界の違い、社風の違い、仕事の進め方の違い……といった、さまざまな違いがあって、ずいぶん困ることが多かったわけですが、ひとつ「なるほど」と思ったことがありました。
 それが印刷物に使われる「書体の問題」だったんですね。30代前半までは何とも感じていなかった「雑誌の文字及び文字組み」に対するもやもやとした感情が何だったのか、わかったような気がしたのです。
 ソーゴー印刷に入社してから明朝体に触れる機会が劇的に多くなりました。たぶん、他の印刷会社も同様でしょう。また、出版社においても、単行本では明朝体のほうが圧倒的に多用されています。一部、雑誌の世界だけ、なぜかゴシック優位になっていたに過ぎません。
 ゴシックはインパクトはあるものの、読みやすさという点では明朝体に敵いません。明朝体は横線が細く、縦線が太い。そして、はねや払いがあって視認性の高い書体とされています。実際に単行本を読んでみるとわかります。本文がゴシックという本を読むと、相当疲労度を感じるはず。このため、短い文章の多い雑誌ではゴシックが多用され、単行本では明朝体が圧倒的に多いのです。
 どちらがいい悪いということではありません。我が社では、月刊しゅんはゴシック、スロウは明朝体が基本となっています。スロウのほうが長文だからという理由でしょう。
 僕はちょっとした危惧を抱いています。それは、インターネットの普及によって、明朝体が使われなくなっていくのではないかと思っているのです。
 このブログもそうですが、使われている書体はゴシック。おそらく、インターネットで目にするサイトはほとんどゴシックでしょう。慣れというのは恐ろしいもので、子供の頃からゴシックに慣れ親しんでしまうと、むしろ明朝体のほうが読みにくいと感じてしまうことになる。単行本の世界は今も明朝体優位にありますから、そう簡単に変わることはないかもしれません。けれども、紙の本離れが進んでいくと、明朝体の行く末が心配になってきますね。
 もうひとつ明朝体にとって不利なのは、横組みの文章が激増していること。これもインターネットの影響といえるでしょう。せめて紙の本だけでも縦組みに徹してほしいところ。明朝体は縦組みでこそ美しく映える書体なのです。

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高原淳写真的業務日誌