
おはようございます。
昨日は取材日でした。創作と鑑賞、それぞれのおもしろさについて考えさせられる取材となりました。ものをつくる。そして、つくられたものを使う、または鑑賞する。作り手の思いや考えがそのまま伝わることもあれば、伝わらないこともある。むしろ、鑑賞や使用の段階で作り手の理解を超える異なった解釈が加えられることのほうがおもしろいのかもしれない……。僕は写真活動を通じて、そのように考えることが多い。
さらにおもしろいと思っているのは、これまで鑑賞者だった人が作り手の領域に気軽に踏み込むことのできる時代になったこと。正直に言うと、半分おもしろく、もう半分は脅威にも感じています。
アマとプロ
その昔、プリントゴッコという商品がありました。理想科学工業の個人向け小型印刷機。1977年に発売されてから大人気となって、年賀状印刷に使う人が多かった。みんなプリントゴッコを使うようになると、印刷会社の年賀状印刷売上は落ちるだろうな……。当時、僕は高校生でしたが、そんなことを考えていました。
実際のところはどうだったのでしょう? ある程度影響は受けたものの、脅威を感じるほどではなかったのではないかと思います。プリントゴッコは謄写版と同じ孔版印刷の一種。熱をかけると溶ける化学薬品が塗られたマスター(版)を使用し、フラッシュランプの熱で製版するという仕組み。実際に印刷してみると、謄写印刷のような鮮明さはなく、ソフトな仕上がりだったと記憶しています。
商品のネーミングからわかる通り、子供の印刷ごっこの延長線上に位置する商品だったのでしょう。ただ、「ごっこ」レベル以上に使える印刷機でしたから、年賀状にも名刺にも同人誌制作にも使われていました。
いつ頃まで販売されていたのか、気になって調べてみたら、2008年販売終了とのこと。2000年代初めには家庭用インクジェットプリンタがプリントゴッコに代わる存在となっていました。
印刷会社にとっては、プリントゴッコよりインクジェットプリンタのほうが脅威となる製品。プリントゴッコよりも印刷っぽいのです。「印刷ごっこ」のルーツは芋版でしょうか。今はわかりませんが、僕らの世代なら誰もが通る道。印刷ごっこは、芋版→プリントゴッコ→インクジェットプリンタと急速にハイテク化していったことになります。プロの領域に半分だけ踏み込んでいる。
今の時代は、印刷に限らずどのジャンルにもセミプロが存在します。50年前なら素人は記念写真を撮るのにも苦労していたはず。ところが、ストロボ内蔵のカメラやAFが普及するようになって、撮影に失敗する確率が大幅に低下しました。20年前からはデジカメの時代となり、今は失敗しない撮り方ではなく、どう表現するかを誰もが考えている。半分、プロ写真家の領域に足を踏み入れているのです。
過去のどの時代と比べても、プロとアマの差が縮まってきている。ただ、よく考えてみると、これはプロもアマも存在しなかった大昔に戻ったといえるのかもしれません。必要とする人が自分でつくる。そして、自分で使う。技術が進歩したおかげで、それが可能になりつつある。
印刷や写真はもちろんですが、その気になればさまざまなものを素人が作れるようになっています。一億総作り手となるのかもしれません。
ただし、プロにはやはりプロとして積み重ねてきた技術、ノウハウがありますから、仕上がりに対する信頼度といった点では、大きな違いがあるのではないかと思います。アマにあるのは手づくり感。プロには信頼感がある。どちらを求めるかの違い。これは単純にコストで比較すべきものではないですね。
印刷会社でつくられた印刷物と家庭用プリンタで印刷されたものとでは、差は縮まっているとはいっても、やはり歴然とした違いがあるものです。よく、インクジェットプリンタでつくられた名刺を受け取ることがありますが、僕としてはあまりお勧めできません。ちゃんとした会社っぽく見えないからです。名刺切れで応急処置として使う分にはよいでしょうが、印刷物には信頼度が求められる、と僕は考えています。
同じ印刷物であっても、使用するシーンによって使い分けが進んでいくことでしょう。相手との心理的距離を縮めるには手づくり感のあるものがよい。手書き、あるいは家庭用プリンタでプリントされた印刷物が役に立つはず。
一方、信頼感の求められるもの、たとえば名刺や会社案内といったものには、印刷会社で印刷されたものが向いています。使用する書体もパソコンに最初から入っているものではなく、プロが使う書体を基本にすべきでしょう。印刷用のデータは自分で作成することも可能ではありますが、ほんのちょっとした技術の差が印刷物に現れてしまいます。ですから、プロのデザイナーがつくったものとセミプロ(またはユーザー自身)のものとでは、大きな落差があるものです。
セミプロの台頭によって、これまでのプロはうかうかしておられないという時代になりました。従来は、技術を身につけるというところに大きなハードルがあったのですが、それが低くなった。誰もが身につけやすくなったのです。技術+何か。それが求められます。その「何か」をひと言で表すならば「感性」という言葉になるでしょう。でも、これはセンスがよいとかクリエイティブといったことだけではなく、もっと基礎的な感性をも含めるべきだと僕は考えています。
一番のポイントは、よいものとイマイチなものとを見分ける目を持っているかどうか? 単に見分けるだけではなく、どこに違いがあるのか的確に指摘する能力(感性)が求められる。センスを持ったアマは多いけれど、正確に見分ける目を持つ人はまだ少ない。プロとしてクリアすべきハードルとしては、ここが最初なのではないかと思います。