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仕事観について94 35年同じ仕事

仕事観について94 35年同じ仕事

おはようございます。
 朝、おにぎりを握る。9個。作りすぎか? いろいろ準備していたら、出発は9時近くなった。目的地は興部。最初の目的地が興部というのは今回が初めてかもしれない。ナビ通りに車を走らせる。予定より2時間早く到着しそうだ。途中で仮眠。到着後も仮眠。久しぶりに長距離ドライブを堪能した。取材は午後3時から。何度も訪れ、何度も話を聴いているはずだが、M氏の取材に終わりはないようだ。5時過ぎ取材終了。宿泊は紋別。7時夕食。

同じだが同じではない

35年くらい前から同じような仕事をしています。同じことを35年もやり続けると、もっと上達していてもよさそうなもの。しかし、未だに撮影では迷うことがあるし、原稿を書いていても「まとめることができるだろうか」と不安になることがある。毎回、幾多の困難を乗り越えて(?)一本の記事が完成する。僕の場合は、その繰り返しです。
 今回はフォトグラファーとして来ていますから、任務は写真を撮ることのみ。困難なことは何もありません。ただ、長距離ドライブというのが少しずつ困難になってきています。4時間を超えて運転すると、何となく軽快に動きにくい。スロウ創刊時のような無茶なスケジュールを組むことはもうないでしょう。今では、僕の体が勝手に「働き方改革」を実行しています。
 30代前半の頃、「この仕事はいつまで続けられるのだろう」と考えたことがありました。ファッション誌の仕事をしていたため、その頃から「流行についていけない自分」というものを感じていました。モデルとの年齢差も10歳以上離れている。今とは比較にならないほど大量の撮影こなしていましたから、体力的にも不安に感じるようになっていた。「きっとあと10年くらいだろう」と何となくイメージしていました。
 ところが、実際にはそれから25年以上、同じ仕事をし続けているのです。しかも、それが嫌になっていない自分がいる。飽きることも嫌いになることもなく、かといって、ものすごく好きというわけでもありません。これが日常の自分であり、これを続けることによって自分でいられる……。どんなに眠くても、夜眠る前には歯を磨く。それと同じような感覚で雑誌づくりをしているようなところがあります。
 これは決して惰性で行っているわけでも、漠然と行っているわけでもありません。たとえるならば、和菓子職人が毎日丹精を込めて和菓子を作っている。毎日同じことをしているように見えるが、同じであって同じではない。日々新たという気持ちで、同じように見える仕事をしているのだと思います。
 非常に飽きっぽい性格である僕が35年も同じ仕事を続けているということは、きっと何か意味があるのでしょう。もちろん、雑誌づくり以外にも様々な仕事をしています。雑誌づくり、本づくりが中心にあり、その周辺に現在の立場相応の仕事が配置されている。それは必ずしもベストな配置とはいえないものの、やがて混沌の中から秩序が生まれてくるに違いないと思っています。ここ数年はかなり混沌としていますね。
 年齢とともに、仕事の仕方や仕事の中身は複雑なものになっていくものです。一口には説明できないような仕事もありますし、自分らしいとは思えない仕事もある。ですから、できるだけ余計なことをせずシンプルな働き方にしたい。そう考える人も多いに違いありません。僕もどこかでシンプルな仕事に戻ることになるでしょう。ただ、今もシンプルな自分に戻ることのできる時間がある。それが取材活動であったり、雑誌をつくるという仕事なのだと思います。
 20代の頃は「好きか嫌いか」「得意か苦手か」が判断基準のようなところがありました。今の20代の人にもかつての僕と同じような傾向が見られます。僕の考えでは「好き」「得意」といった感覚が曲者なんですね。好きだったことが好きではなくなったときが仕事人生の危機でもあります。好き嫌いを超越することが仕事人生を充実させる上で不可欠ではないか? あるいは、好きであり続けられる強固な自分をつくることも必要でしょう。答は一人ひとり違っているのかもしれません。

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