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仕事観について97 プログラミング的思考

仕事観について97 プログラミング的思考

おはようございます。
 午前10時、買い物へ。この時間帯は混む。わかってはいるのだが、またスーパーへ行ってしまった。レジには長蛇の列ができていた。帰宅すると昼になっていた。ともかく昼食。それから態勢を立て直し、撮影に臨む。まずは商品撮影。つづいて、料理プロセス。最後に料理撮影。といっても、必ずしもこの順番というわけではなく、準備ができた順番に撮っていく。思ったよりもカット数がある。また、僕の担当ページのものはどう撮るか考えながらの撮影となる。いつもの通り、手探り状態で撮り進んでいく。撮影が終わる頃には夕方になっていた。

「目的」を持ち、「過程」を考えて行動する

僕の担当ページはある食材がテーマなのですが、最初に考えていた以上に手強いことがわかりました。説明ビデオでは簡単そうに見える。けれども、まったく思い通りにはいかない。2つの方法があり、当初思い描いていたA案はあきらめることにしました。決して美しいとは言えないB案でゴールを目指すしかない。B案のほうはかなりワイルドな手法。新聞紙にくるんで金槌でがんがん叩くことになりました。どんな記事になるのか、楽しみでもあり、ちょっと不安にもなりますね。
 考えてみると、これは僕らの仕事にもそのまま当てはまるのかもしれません。頭の中では美しく、合理的で、できそうに思えるA案で成果を生み出したいと思うわけです。もちろん、その通り実現するプロジェクトもあるでしょう。けれども、A案では行き詰まることも当然ある。その際、B案やC案があるかどうか。ちょっとやってみて、うまくいかないからあきらめる……というパターンだけは避けたいものです。
 「方法は無限にある」とは思っていませんが、うまくいく方法は必ずある。その方法がA案ではなかった、というだけの話。別な方法をやってみればよい。単純に考えれば、そういうことになります。
 しかし、少しやっかいなのは、多くの人は古い学校教育等を通じて、「正解か不正解か」で物事を考えてしまう癖が身についていること。正解はひとつしかないと思い込むこともありますし、正解のない問題に対して思考停止に陥ることもある。社会人になると、正解のない問題に直面する機会が増える。誰もがよくわかっていることではあるものの、正解がない(または正解がたくさんある)ことに慣れておらず、うまく対処できないことが多いのではないかと思います。
 2020年度から小学校でプログラミング教育が必須となったそうです。目的はコーディングを学ぶことではなく、プログラミング的思考を身につけること。背景にあるのは、情報技術の革新に伴う社会の変化。今後、10~20年の間に日本の労働人口の49%が機械に代替可能になるのだそうです(オックスフォード大学のマイケル・オズボーン氏の報告による)。これから社会人になる人は、今は存在していない職業に就く可能性が高いわけです。
 「予測できない変化に受け身に対処するのではなく、主体的に向き合って関わり合い、その過程を通じて自らの可能性を発揮し……」(文科省「新しい学習指導要領の考え方」より)とあるように、激変する世の中を生き抜いていくための思考力が求められています。そのためには「目的」を明確に持ち、ゴールにたどり着くまでの「過程」を考えて行動することが重要です。
 仕事ができる人は言葉は知らなくても、自然にプログラミング的思考を使って仕事をしています。自分の頭で考え、試行錯誤し、結果をつくり出しています。社会人には当然求められる能力ではあるのですが、十分身につかないまま、3年、5年と時間が過ぎていくという人もいます。
 かくいう僕も、プログラミング的思考ができているとは自信を持って言うことができません。どこかプログラムに欠陥がある。みんなどこかしらプログラミング的思考にほつれがありますから、お互いに補い合うような組織になればよいと思っています。社会人に必要なのは「プログラミング的思考」。そして、お互いの弱点を補うための「コミュニケーション力」と言ってよいのではないでしょうか。

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