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仕事観について98 凝り性と付き合う

仕事観について98 凝り性と付き合う

おはようございます。
 朝食の時間を除き、朝から11時半まで新入社員研修の準備。だが、進んだのは2講座分。修正箇所が多かったため。午後1時、帯広市内で取材。といっても、僕の仕事は撮影ワンカットのみ。あとは話を聴いたり、興味深い空間を観察したり。2時頃帰宅。ここから、猛然と仕事を再開する。水・木の2日間で講演が3本入っている。この準備をしなければ。ともかく、7時までパワーポイントで資料作成。スピードはイマイチといったところ。

本題と関係のないところに凝る

僕には弱点がいろいろあるのですが、そのうちのひとつは「凝り性」であるところでしょう。といっても、桁外れの凝り性というわけではありません。桁外れ、非常識なレベルの凝り性であれば、それはそれで強みとなる。凝り性は強みにも弱みにもなり得る。僕が弱点だと感じているのは、急いで仕上げなければならないときに、凝り性の自分が顔を出してしまうというところ。
 これはパワポを使っているときも、一太郎で文章を書いているときも、インデザインでレイアウトをしているときにも現れます。それも、平時ではなく、追い詰められたときにやってくる。したがって、さらに追い詰められることになります。十分塩味が効いているところに、さらに醤油をかけて味が濃くなったような状態。あるいは、料理を繰り返し温めているうちに、煮詰まって味が濃くなったような状態。適切な例えではありませんが、僕の頭の中の塩分濃度はきっと高くなっているに違いありません。
 パワポでの資料作成に凝ってしまう理由は、大きく3つあります。ひとつはデザイン面から。これまで数多くのスライドをつくってきましたが、デザイン的に満足できるものがひとつもない。もっとセンスよくつくることができないだろうか……と考えてしまうのです。時間のたっぷりあるときに考えればよいのに、昨日の状況の中でそのことを考えてしまうことが多い。
 ふたつめは画像を探すのに時間がかかること。手持ちの写真を使いたいと考えると、探し出すのにけっこう時間がかかる。昨日は比較的すんなり写真を選ぶことができました。割り切って、フリー素材を使うことにしたためです。
 3つ目。ここが大変なところです。中身に凝ってしまう。昨日は100年以上前の資本主義について説明する箇所があり、本題とは直接関係ないオーストリア学派について調べることになってしまいました。まったく触れなくても講演内容に支障がない。にもかかわらず、疑問を解決しなければならないという使命感(?)に駆られたようなのです。この妙な使命感が現れると、貴重な時間がズルズルと消費されてしまうことになる。インターネットを使ってさまざまなことを簡単に調べられるようになりました。しかし、検索して現れた情報を読み込んでも、すんなり理解できるかどうかは別問題。オーストリア学派には参りました。僕にはどういう学派なのか、今一歩よくわかりません。そして、わからなくても講演する上では、何の支障もない。なのに、時間を費やしたという自分にもどかしさを感じています。
 凝り性な自分とどのように付き合うのか? ここが問題と言えます。これは割り切って考えるしかありませんね。変なところで凝り性が現れて、時間が空費される。それは紛れもない事実ではあるのですが、その分、何かに役立っている。そう考えるべきなのでしょう。凝ることで時間が圧迫されて、嫌でもスピードアップが図られることになる。また、意味不明と思われる調べ物をすることで、インスピレーションが得られることもある(滅多にありませんが)。
 凝り性の意味とか背景を探ろうとすると、さらに膨大な時間が費やされることになるでしょう。ですから、凝り性が現れて困ったな……という程度に留めておき、時間を使ってしまうのはやむを得ないこと、とあきらめるしかありません。僕と同じような仕事パターンを持つ人も、社内には何人かいると想像しています。

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