
おはようございます。
午前10時、スロウ編集会議。12時半、ノースランド。帯広ロータリークラブ例会。1時半、次年度地区活動計画周知のための会合。3時帰宅。自宅ではミーティングが行われていた。僕は事務的作業等。少し早めに仕事を終える。
便利さと複雑さ
スロウ67号が無事下版したということもあり、一昨日から新たな業務改善に取り組もうとしているところです。ものすごく動作が重くなったノートパソコンをどうするのかという問題。クリーンインストールするというのが選択肢のその一。その二はクロームブック化。後者を試してみようと思っているところですが、なぜかうまくいかない。参考にしているWebサイトには「超簡単」と書いてあるのですが……。
ゴールデンウィークをこのような作業に使ってよいものか? 過去に2度行ったことのあるクリーンインストールにしておこうかな。今朝3時から1時間半かけてうまくいかなかったため、今は少し弱気な選択肢に傾いているところです。
もしかすると、ノートパソコンのほうに問題があるような気もします。もう1台、完全に引退しているパソコンがあるので、こちらでも試してみることにしましょう。社内の詳しそうな人に聞いてからすべきなのかもしれません。土日や早朝に思いつくことが多いため、つい自力で何とかしようとする癖があります。
パソコンに関する疑問は山ほどあります。みんなはどうしているのでしょう? わからければ社内の専門家に聞く。完全にそう決め込んでいる人もいるようです。そのほうが精神衛生上は望ましい。僕はテレワーク中ということもあって、自分で調べながら何とかしようと試みることが多い(何ともならないこともあります)。
考えてみると、30年くらい前からわからないことの連続でした。最初はエプソンのPC98互換機。僕のパソコン歴はここから始まります。MS-DOS。その上、5インチのフロッピーディスク。投資に見合う成果はあったのか? ほぼ皆無でした。次に導入したMacintosh Ⅱci及び周辺機器。これは大変高価なインテリアとなりました。この2台は無駄な投資だったのか? 決して無駄ではないと思っています。客観的に見ると何も生み出していないわけですが、僕の頭の中で何かが生まれようとしていたに違いありません。実際にパソコンを活用するようになったのは、3台目に導入したIBMのパソコンから。単に、一太郎をインストールしてワープロとして使っただけの話ですが……。
その後、MacとWindowsを交互に購入しながらアドビのソフトを使うようになりました。ようやくパソコンらしい使い方をするようになったのが1996年頃。イラストレーターのバージョンは5.5。フォトショップは3.0だったかな?
パソコンが進化し、どんどん便利になっていくと、使い方も当然のこととして「わかりやすくなるはず!」。僕はそう信じていたのですが、現実にはそうなっていないように思えます。今もわからないことだらけ。わかる人には便利だが、わからない人には複雑になっただけ。しかし、まったくわからないと仕事をする上で非常に不便なことになりますから、何とか追いつこうと努力している。そんな状態がかれこれ30年近く続いているのです。
今思うと、確かに便利になり、パソコンも速くなり、そして端末の価格も劇的に安くなりました。けれども、30年前に比べて仕事が楽になったのかというと、そういうわけではない。パソコンの進歩と歩調を合わせるように、ややこしい仕事が増えている気がします。
人類が狩猟採集生活から農耕牧畜生活へ移行したのは約1万年前。シンプルな生き方よりも便利さ、豊かさを求めるようになった。同時に、長時間労働を受け入れるようになったわけです。世の中がどんなに便利になってもこの流れは変わらない。パソコンに限らず、業務改善に向けての努力は生きている限り続けていかねばなりません。