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一から始める自費出版21 推敲

一から始める自費出版21 推敲

おはようございます。
 朝4時半までにひと仕事。6時10分、T氏とともに出発。目的地は斜里。取材は10時半から。過去に取材したことのある場所。スロウ、チビスロウ、スロウな旅北海道、いずれも記事になっている。今回の取材は過去とは異なる切り口となる。次の取材場所は浜辺。取材の合間を見ながら、ホタテの貝殻や流木を撮る。次は昭和のようでもあり、令和の時代でもあるようなショップ。さらに、緑豊かな個人宅を訪問。最後は宿泊先の1階カウンターで取材。一見関連のわかりにくい取材先だが、すべてがつながっている。僕はまだわからないものの、編集者のT氏の頭の中ではまとまっているに違いない。

推敲

本当は原稿執筆に関して伝えるべき事柄がたくさんあります。ただ、本欄でそのすべてを記述すると、拙著「写真家的文章作成技法」と内容が重複することになりそうです。文章力に自信のない人はぜひご一読ください。
 自分の文章力に対する自信の有無は別として、原稿を書き上げた後に必ずすべきことがあります。それは推敲と校正です。
 僕の観察するところ、自分には文才がないと思っている人の多くは、「ちゃんと推敲していない」と思われます。または、推敲という概念が欠落しているとも考えられます。推敲と校正を同じようなものだと勘違いしているのです。
 推敲というのは、よりよいものにしようと考え、文章を手直しすること。一方、校正とは文章の誤りを見つけて正すこと。校正の場合、日本語としては正しいものに修正されますが、それによって文章の中身までよくなるわけではありません。校正は筆者以外の人間でもできること。推敲は著者にしかできないでしょう(ゴーストライターを使う場合は別ですが)。
 前に、「文章は8割の完成度を目指して、いったん仕上げる」と書きましたが、それは推敲に力を入れるという意味です。推敲の労力を惜しむと、特別な文章力を持つ人を除いて、文章の質は高まらないと考えましょう。
 それでも、推敲に時間のかかる文章とそうではないものとがありますね。たとえば、真面目な内容を真面目に書いたような文章であれば、推敲は比較的楽であるといえます。難解な表現を避け、伝わりやすく整えたり、文章内にあるちょっとした矛盾や表現不足な箇所を修正することで、文章を完成させることができるでしょう。
 大変なのは、読者に楽しんでもらえるようなユーモアや仕掛けを盛り込むような文章。そうした文章は書くことそのものにもエネルギーを費やしますが、いったん書き上げた後にも頭を使います。ときには、乾いたタオルを絞るようにしてアイデアをひねり出すこともある。ここが文章を書く上での苦しみであり、楽しみでもあるわけです。推敲をおろそかにするというのは、一番充実した時間を放棄するのに等しいと考えるべきではないでしょうか。たとえ、締め切りに追われていたとしても、そこで手を抜くわけにはいきません。自費出版の場合、厳密な締め切りはないことが多いので、その気になれば、たっぷり時間を確保できるはずです。
 推敲にもさまざまなやり方があるに違いありません。僕は自分の方法しかわからないのですが、自分の書いた文章を読み返してみて、「何か物足りない」と感じたときが推敲すべきタイミング。何が「足りない」と感じさせるのか? エビデンス、力強い表現、ユーモア、エピソード……。足りないものを加え、だらだらした部分をそぎ落とします。僕の場合、韻を踏んだり、ダジャレを挿入したり、意外性のあるエピソードを追加することが多いですね。
 推敲のやり方によっては、元の文章とは比較にならぬほど見違えるレベルに達することがあります。 

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