
おはようございます。
朝からひたすら原稿を書く。午前中で85%くらい進んだ。午後2時頃、本文が完成する。問題は次号特集の本文が5段組みになっていることだ。探したが、僕の手元に5段組用のフォーマットがない。考えてみると、僕は常に4段組を愛用していた。インデザインで作成。さほど手間ではない。本文を流し込んで、もう一つの問題を発見。8000字の原稿は多すぎたようだ。写真の点数を減らす。目処がついたところで買物へ。念願の商品を入手した。
意外な何か
スロウの原稿を書き始める前、いつも思ってしまうこと。それは「本当に書けるのだろうか?」という疑問。2006年からスロウの書き手のひとりとなって、もう15年経っています。なのに、いまだに「書けるかどうか」からスタートする。どんな記事でも、決まってそうなるのです。
ライター歴としては34年。駆け出し当時もやはり「書けるかどうか」でした。僕のマインドはほとんど変わっていないようです。書いている文章の中身はずいぶん異なります。与えられた素材を文章にまとめていたのが30年前。2006年以降は自分の書き表したいことを書くことに努めています。したがって、取材先が与えられることはありません。書き手にとって、大いにやり甲斐を感じるところ。しかし、その分「書けるかどうか」がついて回る。僕の場合、そのようなパターンなのですが、スロウの編集者の面々はもっと自然体で書いているんだろうなぁ。
書きたいことはだいたい見えているものです。何もなしに書き始めることはありません。ただ、僕の理解力、認識力の問題というべきか、ちゃんとわかって書いているわけではないのです。書きながら道を探している。真夜中に林道を走ったら、きっと同じような気持ちになるに違いありません。
実際、真夜中に林道を走ったことはないのですが、町道か道道であってもそれなりに不安な気持ちになることがあります。今はナビがあるので、知らない土地でも心配ありませんが……。道に迷っていないだろうか? そんな疑問を抱えて車を走らせていると、意外な動物に出くわすことがあります。あるとき、ウサギが何匹も出てきました。鹿はめずらしくありませんが、ウサギは滅多に見かけない。ラッキーな夜でした。
書きながら道を探していると、意外な何かが引き出されてくることがあるものです。僕にとっては深夜のウサギに近い出来事。真剣に前に進んでいこうとすると、何かが現れる。原稿執筆中だけの話ではありませんね。昨日読み返したデータ(取材時の音声をテキストにしたもの)の中に、同じような言葉を見つけました。
ちゃんとわかっていなくても構わないのかもしれません。最初は無関係だと思っていた事柄が、前へ進んでいくうちにつながりだしてくる。そうした経験を持っている人も多いことでしょう。目指すべきところがあって、道を探しながら進んでいくと、道なき道のように思えても道が続いている。そして、ウサギ(のようなもの)が飛び出してくる。一本の原稿に飛び出すウサギはたいてい1匹ですが、大きなプロジェクトに立ち向かっている人であればウサギの群れに出くわすことがあるに違いありません。
雑誌スロウの取材スタイルは、予定調和的にならないことが重要と僕は考えています。実際、そのようにはなっていないはず。取材時にも意外な何かが見つかりますし、写真を撮りながら発見することもある。
そして、一番の醍醐味は、原稿執筆中に「意外な何か」が引き出されてくることでしょう。それは取材時のテキストデータの中から発見されることもあるのですが、多くの場合、自分の内側から引き出されてくる。言葉にならなかったものが言葉になる。あるいは、とらえどころのなかったものが意識化する。ただ、それを読者に伝わる形で文章に書き表すには、もう少し僕の文章力を高めていかねばならないようです。
