
おはようございます。
午前中は買い物。朝からホット。4軒まわったら、もうろうとしてきた。帰宅後は「くなまが通信」や礼状を書くなど、仕事というほどではない軽い作業を行う。夕方は料理。愛菜屋で購入した野菜を使って、大量のラタトゥイユを作る。
この日、帯広の最高気温は35.6度。エアコンがあってよかったと思える日。しかし、午前中外出していたためか、頭の状態は正常とはいえない。今朝になっても戯れ言ばかり頭に浮かぶ。ならば、ビジネス迷言を書き綴ってみよう……。ネタが続くかわからないが、全49話を目指すことにする。
50話ではなく「49」なのは、7×7の法則が頭にあるため。うまくいけば、書籍化しようという考え。おもしろくなるかどうかは不明。ずっと、「です・ます」で本を書いてきたので、今シリーズは「だ・である」で書くことにする。
過去に書いた話が重複することがあるはず。この点、ご容赦願いたい。
知ろうとする素人
どの世界にもプロが存在する。プロの中でも卓越した能力を持つ人は、名人、巨匠、マイスター、その他さまざまな形で別格扱いされることになるだろう。
その対極にあるのがアマチュアだ。素人と言い換えてもよい。だが、僕の認識では、「アマチュア」と「素人」は一応区別して捉えている。アマチュアには、実は2つのタイプが存在すると思うのだ。
繰り返すが、あくまでも僕の捉え方。一般には通用しない。ちなみに、スポーツ競技のように、アマチュアからプロへ登り詰めていく世界もあるから、僕の話はあくまで一般的なビジネスの世界という限定的な範囲のものだ。
僕は、アマチュアは「甘ちゃん」に通じると思っている。もちろん、NHK連続テレビ小説の「あまちゃん」ではない。考え方のしっかりしていない人を甘ちゃんと呼ぶ。これは、知識、能力、技術ではなく、人生態度の問題と捉えるべきだろう。僕にも甘ちゃんの部分があって、2000年代前半に受講した複数の研修の中で、何度か講師やアドバイザーから指摘されたことがあった。「覚悟ができていない」。そう指摘されたとき、僕はグサリと本質を突かれたような気がした。
どんな業種、職種であっても、その道で生きていこうとするならば、アマチュアのままではいけない。そして、アマチュアのまま給料をもらい続けているのはもっといけないこと。数年間アマチュアとして過ごしたとしても、その後はプロとして会社、顧客、社会に価値をもたらさなければならない。
アマチュアがある一定期間アマであるのはやむを得ないこと。だが、自分はアマチュアだと思うのではなく、「素人」だと考えるべきではないか? 僕の認識では、素人は「知ろうとする」。ここに強みがある。並レベルのプロというポジションに安住してしまった人は、自分の専門分野だというのにそれ以上知ろうとしない。
素人は、自分の至らなさ、レベルの低さを知っているから、貪欲にさまざまな知識や技術を習得しようとする。一方では、技術革新が進み、経営環境がどんどん変化する世界に僕らは生きている。気づくと、素人のほうが「並のプロ」よりも、知識も技術も卓越したレベルに達していた……。そんな事例が無数にあるのだ。
プロとアマとの間には境界線のようなものがある。ボーダーレスになってはいるが、やはり違いがあると感じる。しかし、プロと素人は対極の関係にあるのではない。プロも「自分は素人だ」と捉え直すべき時代にある。世界は激変している。自分が過去に築いた世界に安住できるプロはおそらく一人もいないはずだ。
「知ろうとする素人の時代」と言えるのではないか。
