
おはようございます。
昨日、帯広の最高気温は37.1度。一歩も外に出なかった。午前中は社内報原稿。中途半端になっていたものを仕上げる。昼までかかった。午後は中小企業家同友会とかち支部足寄地区会のための資料作成。案外時間がかかりそうだ。WorkFlowyで全体の構成を考え直す。夕方は冷やし担々麺を作る。
セミプロのままでは蝉の寿命
アメリカで17年に一度、セミが大量発生するというニュースがあった。「ブルードⅩ」と呼ばれる周期ゼミ。このセミは2004年生まれ。スロウ創刊の年。親近感は湧かないが、何となく気になる存在だ。17年もの間、土の中で木の根から養分を吸いながら幼虫として過ごし、5月から6月にかけていっせいに姿を現した。ブルードⅩの成虫の寿命は3~4週間とのこと。
セミ(成虫)の寿命は1~2週間……というのは俗説で、実際には1ヵ月程度と考えられている。一般的なセミの幼虫は3~17年地中で過ごす。地中潜伏期間を含めれば、昆虫としては長寿。
しかし、どうなんだろう? 17年の地中生活+1ヵ月のシャバ暮らし。人間と比較するのは変な話だが、やはり短命に思える。17年も土の中にいて、外の空気を吸うのはたった1ヵ月。
何を言いたいのかというと、仕事人生を生きていくには「セミプロのままではいけない」ということである。これを言いたいがために、ブルードⅩを引き合いに出した。まったく関係ないが、「大発生する」という点では、セミプロと少しは関係あるのかもしれないな。
僕の学生時代は1980年代前半にあたるのだが、卒業制作に力を注いだ1984~85年、似たような傾向の写真がやたら目についた。それはコンピュータグラフィックス(CG)。まだ黎明期であったため、どれも似たような作品。ちょっとSFっぽくはあるが、意味不明といったもの。
こうした大発生は、ときどき起こる。アレ、ブレ、ボケといった手法で撮られた写真は、1950年代のウイリアム・クラインの作品が発端と思われるが、60~70年代の日本で大発生する。その影響は僕の学生時代80年代前半まで残り続けた。今も、好きな人は好きなんじゃないのかな。
しかし、流行に乗ろうとしてそうした作品をつくった人は、やはり蝉の寿命だったのではなかろうか。前回の「プロ」「アマチュア」「素人」という分類でいうと、アマチュアに近いのがセミプロだと思う。一時的には「借り物の技術」で自分の力を底上げしようという期間があってもよいが、そこから先はプロを目指す、自立するという意気込みが欠かせない。
冒頭では1ヵ月しか成虫として生きられないセミに対して、「短命」という突き放した言い方をしてしまった。改めて考えてみると、17年(ブルードⅩの場合)もの間、下積み生活(セミの場合地中生活)を送ってきたことに敬意を払うべきだろう。自分は17年もの下積み生活に耐えられるだろうか? セミの生き方は立派。ただ、我々は人間なので、セミではなくプロを目指さねばならない。
そこで思い出すのは、「10年続けてようやくプロ」という言葉だ。これはスロウの取材をしていると、何度も聞く言葉。各方面のプロが異口同音にそう証言している。2~3年続けただけでプロの技が身につくと考えるほうがどうかしている。社会人2、3年目に「自分は天才じゃないか?」と思える瞬間があっても不思議ではない。しかし、たとえ天才であったとしても継続的に技を磨き続けるべきであり、それを怠るとセミプロという中途半端なポジションに身を置き続けることとなる。
アメリカではブルードⅩを揚げてチョコでコーティングした「セミチョコ」が人気だったというが、セミは食べられたものじゃないな……。若手の人たちには、ぜひ技術・能力を磨き続けて、その道のプロとして一生活躍できるようになってほしいと願っている。
